2016年11月3日木曜日

戦争は工業的な資本主義的な企業

  知識があり、技術敵に教育された労働者要員を増加する要求は、先進的な資本主義国家、とくに最近めざましい発達をとげたところーたとえば北米合衆国とドイツでは、きわめてはっきりと認識されてきた。最近、各国政府は、熟練労働者の要員を十分に多数つくろうと狂奔している。
 これについて政府は、軍国主義の要求にも言及している。べ・エヌ・ミリューコフは『武装した世界と軍縮』という著書の中で近代戦の特徴をのべている。
「戦争は、現在では、ある種の工業的な、資本主義的な企業である。」
「戦争の技術は、新しい発明が現れるごとに絶えず変化している高価な装備を要求する。」
「戦争そのものは、変化の一般的な過程に従ってきた。現代では、軍隊の指導者、武器の発明者と製造者は、普通の知的な職業とはほとんどちがわない生活をしている。勝利は、騎士的な功績によってではなく、計算の正確さと科学性、永年にわたる困難な事前の努力によって決定される。かくして戦争は、以前のロマンチックな魅力を失い、もっとも散文的な職業になった。」
 世界戦争は、もっとも雄弁にこの真理を確認した。戦争は、問題の技術的な面、改良された武器、工業の組織、無数のよく教育された技術陣が、どれほど大きな意義をもっているかを示した。
 そしてこの工業全般、とくに軍事工業が、全面的に教育された知識のある労働者を要求することは、資本主義諸国をして、技術教育の組織、それに関連して学校事業の再組織、即ち、詰め込み学校を労働学校にかえることにまじめな注意を向けさせた。

ナジェージダ・コンスタンチーノヴナ・クループスカヤ「国民教育と民主主義」