2017年2月14日火曜日

軍神は盲目により、人殺し、闘争心、敵愾心、対抗意識となる

 エロス(愛)とは対局にある軍神アレスだが、銅板に画かれているのを見たまえ。人間がこの神をいかに崇めまつっているかがわかる。しかし同時に、そのアレスは何と悪しざまに言われていることか。ソポクレスが「女たちよ、アレスは盲目ゆえに、ただやみくもに」猪にも似た顔をして、あらゆる禍をかきまわす。」といっているかと思えば、ホメロスはアレスの事を「血汐に染んだ」とか呼んでいるし、ストア派のクリュシュボスが、この神の名の由来を說明した文句などは、そのままこの神に対する非難誹謗だね。
 「アレスとは「人殺し」ということだと言い、つまりアレスというのは、吾々の内部にひそむ闘争心、論争好き、激しやすさ、そういうものを指す呼び名だと考える人々に道を開いたというわけだ。このほかにも、アプロディナとは欲望のことだと言う人もあるだろうし、ヘルメスは言論、ミュースは技芸で、アテナは智慧だという人もあるだろう。もしこんな調子で、すべての神々を片はしから、人間の感情や能力や徳性の異名だということにしてしまったら、たぶん無視論の深淵に吸い込まれていくのを見る思いがするだろう。」
 ペンプティディスが言った。「そのとおりだ。だが神々とは人間のいろいろな感情のことだとするのも、また反対に、感情が神だと考えるのも、どちらも不敬のそしりを免れない点では同じだな」父が言った。「するとどうなのかね。君はアレスは神だと信じるのか、それとも我々の感情のことだと思っているのか。」ペンプティディスが、「アレスは神で、我々の心の中の激しさや勇気を司っているのだ」と答えると、父が一段と声を張り上げて、「というとつまりなんだね、君の考えだと、闘争心や敵愾心、対抗意識などの神はあるが、愛情や協調の精神、和の精神などの神はないことになるのかな。人間が殺したり殺されたりする、剣を振い矢を放ち、あるいは城壁に押し寄せ、あるいは戦利品を奪い去る、そういう場合には、荒ぶる神だか軍神だかいうのがいて、それを見そなわし、そして判定を下すが、結婚を目指す情熱や、心を一つにし、行動をともにしたいと願う愛については、その証人となってください神もなければ、指導し案内し助けてください神様もないというわけか。」
プルタルコス「愛をめぐる対話」