2017年2月2日木曜日

戦争は世界無上の禍なれども、西洋諸国、常に戦争を事とせり

   西洋諸国を文明というといえども、正しく今の世界にありてこの名を下だすべきのみ。細かににこれを論ずれば足らざるもの甚だ多し。戦争は世界無上の禍なれども、西洋諸国、常に戦争を事とせり。盗賊殺人は人間の一大悪事なれども、西洋諸国にて物を盗むあり人を殺す者あり。国内に党与を結て権を争う者あり、権を失うて不平を唱る者あり。いわんやその外国交際の法の如きは、権謀術数至らざる所なしというも可なり。ただ一般にこれを見渡して善盛に趣くの勢いあるのみにて、決して今の有様を見て直ちにこれを至善というべからず。今後数千百年にして、世界人民の智徳大いに進み、太平安楽の極度に至ることあれば、今の西洋諸国の有様を見て、愍然たる野蛮の歎を為すこともあるべし。これに由りてこれを観れば、文明は限なきものにて、今の西洋諸国を以て満足すべきにあらざるなり。
 西洋諸国の文明は以って満足するに足らず。然らば則ちこれを捨てて採らざるか。これを採らざるときは何れの地位に居て安んずるか。半開も安んずべき地位にあらず、いわんや野蛮の地位に於いてや。この二つの地位を棄れば、別にまた帰する所を求めざるべからず。今より数千百年の後を期して彼の太平安楽の極度を待たんとするも、ただこれ人の想像のみ。かつ文明は死物にあらず、動て進むものなり。動て進むものは必ず順序階級を経ざるべからず。則ち野蛮は半開に進み、半開は文明に進み、その文明も今正に進歩の時なり。
福沢 諭吉「文明論之概略」