2017年8月23日水曜日

イエスが、自分の使命は平和をもたらすことではなく、剣をもたらすことである。

 イエスが、自分の使命は平和をもたらすことではなく、剣をもたらすことであるというとき、またイエスが、自分のもたらす激動について、もっとも神聖な地上のえにしは絶ち切らねばならないし、ひとびとは十字架を負うてイエスに従い、自分の生命を無視しなければならない (マタイ 10章 34-42節)ことについて語るとき、そのとき、イエスは終末期の時の迫害のことを考えているのである。神の国を強いよせるものは、大いなる迫害をも招くのである。なぜなら王国とメシアとは、まさにこの大いなる迫害から生まれるからである。
 このゆえにこそ、いたるところのメシアの調和のうちにきわだった和音が認められるのである! イエスは幸いの教えを、憎まれ、責められ、イエスのためにさまざまの悪しきことをいわれるとき、そのひとびとは幸いであると結んでいる。そのときひとびとはまさしく喜びと歓呼の理由をもっているのである。なぜなら、かれらが耐えしのばねばならないそのことのなかに、かれらが神の国に属していることが啓示されるからである。かれらがなおこの世の権力によって苦難を受けているとき、天上ではすでにむくいが準備されているのである (マタイ 5章 11-12節)。
アルベルト・シュヴァイツアー「イエスの生涯 ー メシアと受難の秘密 ー」