2017年8月31日木曜日

他の人々にはまだ暗黒だけの一角に、新しい日の出の最初の閃光を認めている。

 私がこの著作を書こうとする主な目的は、私が黄昏(トワイライト)の時代と呼んだ、廃朝後の満州朝廷を描くことにあった。それは1912年初のいわゆる共和国の創設の時期から、皇帝溥儀がクリスチャン将軍(馮玉祥)とその同盟者によって紫禁城を追われる1924年11月までの13年に該当する。
 トワイライトという言葉には、黄昏の光だけでなく暁の光の意味もふくまれている。この物語のなかで述べられている黄昏のほの暗い光は、夜の闇にのみこまれてしまったが、それは時の経過とともに再び、太陽の光に輝く新たな日を迎えることとなろう。
 それこそは中国人を敬愛し、尊敬するすべての人々の熱烈な希望であり、固く信じるところなのである。
 われわれの多くはすでに、他の人々がまだ暗黒だけしか認めていない点のまさにその一角に、新しい日の出の最初の閃光を認めている。しかし、以下の各章でわれわれが関わろうとしているのは、黄昏の微光であって、暁の曙光ではない。
レジナルド・フレミング・ジョンストン「紫禁城の黄昏」