2017年11月8日水曜日

一族が滅び、夫が死んで、世のあらゆる人々に嘲笑されながら、不死の道を体得しました。

 「婦女の身であることは、苦しみである。」と、丈夫をも御する御者 ( ブッダ ) はお説きになりました。( 他の婦人と ) 夫をともにすることもまた、苦しみである。また、ひとたび、子を産んだ人々も (そのとおりで ) あります。
  か弱い身で、みずから首をはねた者もあり、毒を仰いだ者もいます。死児が胎内にあれば、両者 ( 母子 ) ともに滅びます。
 わたしは、分娩の時が近づいたので、歩いて行く途中で、わたしの夫が路上に死んでいるのを見つけました。わたしは、子どもを産んだので、わが家に達することができませんでした。
 貧苦なる女 ( わたし ) にとっては二人の子どもは死に、夫もまた路上に死に、母も父も兄弟も同じ火葬の薪で焼かれました。
 一族が滅びた憐れな女よ。そなたは限り無い苦しみを受けた。さらに、幾千 ( の苦しみの )生涯にわたって、そなたは涙を流した。
 さらにまた、わたしは、それを墓場のなかで見ました。ー 子どもの肉が食われているのを。わたしは、一族が滅び、夫が死んで、世のあらゆる人々に嘲笑されながら、不死 ( の道 ) を体得しました。
  わたしは、八つの実践法よりなる尊い道、不死に至る( 道 ) を実修しました。わたしは、安らぎを現にさとって、真理の鏡を見ました。
 すでに、わたしは、( 煩悩 ) の矢を折り、重い荷をおろし、なすべきことをなしおえましたと、キサー・ゴータミー長老尼は、心がすっかり解脱して、この詩句を唱えた。
「尼僧の告白 ー テーリーガーター ー」