2016年12月22日木曜日

危険と死を収穫する人々で君主の富と勢いが強まる

 アジアとヨーロッパの住民の性質・体格の相違については以上のとおりである。住民の無気力と勇気のないことに関してであるが、アジア人の方がヨーロッパ人よりも戦闘的ではなくて気質が温和であることの主要原因は、その諸季節が暑熱、寒冷のどちらでも激しい変化を示さず、平均していることである。すなわち精神の衝撃や身体の激しい変調がおこらないから、気質が始終同一の状態に保たれずに猛々しくなったり無鉄砲や勇猛になる、ということがないからである。あらゆる物の変化にこそ人間の精神を掻き立てて平静をゆるさないものである。
 思うにこの理由によってアジアの諸族は柔軟なのであるが、他に制度もこれに役立っている。すなわちアジアはその大部分が王の統制下にある。人間が自分自身を統治せず、独立ではなく専制君主の下にあるところでは、人々は武勇を練ることよりも、かえって戦闘力ををもたないように装おうと努める。両者の危険はくらべものにならないからである。君主のために軍務に服し労苦をなめ死をおかし、妻子その他の身内と鑑別することを強いられるであろう。彼らのなしとげるて手柄と武勲によってその富が増大し勢いが強まるのは君主たちであり、危険と死を収穫するのは彼ら自身である。
 さらにまた、このような人々の土地は戦争と放置によって荒廃させられるのである。だからして、よし生来勇敢で元気のある者までも、制度によっては気質が変化するものである。そのはっきりした証拠は次のとおりである。アジアにいるギリシア人にせよ異邦人にせよ、専制君主の下になくて独立し、自分たちの利益のために労苦する人々は、あらゆる人々のうちでももっとも尚武である。彼らは自分たち自身のために危険をおかすのであり、その武勇に対する褒美も自分たちが得、その卑怯な振舞いの罪も自分たちが受けるからである。

ヒポクラテス「古い医術について」