2017年1月12日木曜日

逃亡の斬首と切捨御免から一人一両相場

 上野の戦争が敗れ、彰義隊討死となって吾々は敗亡すると、いやもう広い江戸が三日間というもの火うち箱のように狭くなってしまった。最初は昔の南北朝を極めるつもりだったが、官軍すばやくも「上野山門に屯集せる賊徒ども」と目指してしまった。自分は尽忠隊の一人で、上野下寺の宿坊顕正院詰だ。すわ戦争が始まったというので斬出したがたちまち敗北。
 黒門が破れ、火除地が敗れたので、彰義隊は討死。さあ志ある者は切腹、再挙を計る者は逃亡、自分はどっちにしようと思って、今の鶯坂辺へ往くと、竜虎隊百名許が進軍だ。御家人連で勇壮凛冽、自分達を見て「ご苦労っ」うわっとときの声を作り進むから、自分達もまた引帰す。この途端自分の組の者で、ぷつり草鞋の紐が引切れたので、後戻りしながら、後ろを向いて紐を結ぶと、ころりと首が落とされてしまった。これは敵に背中を見せたからとの事であった。夜に入って全軍敗北だ。
 すると官軍は「三日間切捨御免」という評判もはや隠れもない。こいつはたまらぬと、三河島村へ行く、同所は白河宮御領地で、さすがに一夜囲まってくれた家もある。まぐ小屋の臭い裡にかくれ、握飯を貰って食った時の旨さといったら、今に忘れやしない。
 天王寺を出て、駒込片町の親類へ辿ると、真平と断られ、「今朝も根津総門で脱走が二人斬られた。早く奥州へでも逃げたがよい」という。情けない訳で同所を去る。居酒屋へ入りかけると、官軍の人夫どもの話「俺あ今日は二つでやっと二両にありつけた」というのが正しく脱走兵を捉らえ、一人一両の相場らしい。脚が進むもんじゃない。この羽目になってごろうじろ・・・。

篠田 鉱造「増補 幕末百話」