2017年1月21日土曜日

武家の御進退は十分ならん事難し

  先ず、国王・大臣より始め奉りて、公家の御たたずまひ、武家の御進退は及ぶべ所にあらざれば、十分ならん事難し。さりながら、よくよく、言葉を尋ね、科を求めて、見所の御意見を待つべきか。そのほか、上職の品々、花鳥風月の事態、いかにもいかにも、細かに似すべし。田夫・野人の事に至りては、さのみに細かに、賤しげなる態をば似すべからず。假令、木樵・草刈・炭焼・監汲などの、風情にもなりつべき能をば、細かに似すべきか。それよりなほ精しからん下職ほば、さのみには似すまじきなり。これ上方の御目に見ゆべからず。もし見えば、余りに賤しくて、面白き所有るべからず。このあてがひを、よくよく心得べし。

 強気・幽玄・弱き・荒きを知る事、大方は見えたる事なれば、たやすきやうなれども、真実これを知らぬによりて、弱く、荒き為手多し。先づ、一切の物まねに、偽る所にて、荒くも弱くもなると知るべし。よくよく、心底を分けて案じ納むべき事なり。
 先づ、弱かるべき事を強くするは、偽りなれば、これ荒きなり。強かべき事に強きは、これ、強きなり。荒きにはあらず。もし。強かるべき事を、幽玄にせんとて、物まねに任せて、その物に成り入りて、偽りなくば、荒くも弱くもあるまじきなり。また、強かるべき理過ぎて強きは、殊さら荒きなり。幽玄の風体よりなほ優しくせんとせば、これ、殊さら弱きなり。この分け目をよくよく見るに、幽玄と強きと別にあるものと心得る故に、迷うなり。

世阿弥「風姿花伝」