2017年1月3日火曜日

乏しい教育と識見が他力に任せる

  職人らの多くは辛抱強く年期奉公を経て、腕を磨いてきた工人たちであります。その腕前には並ならぬ修行が控えています。どんなに平凡に見えても、誰にでもすぐ出来る技ではありません。それに仕事を疎かにしないのは、職人の気質でさえありました。
 それ故に職人らにも仕事への誇りがあるのであります。ですが自分の名を誇ろうとするのではなく、正しい品物を作ることに、もっと誇りがあるのであります。いわば品物が主で自分は従なのであります。それ故一々名を残そうとは企てません。こういう気持ちこそは、もっと尊んでよいことではないでしょうか。実に多くの職人たちは、其の名を留めずににこの世を去ってゆきます。しかし職人らが親切に拵えた品物の中に、職人らがこの世に活きていた意味を宿ります。職人らは品物で勝負をしているのであります。物で残ろうとするので、名を残ろうとするのではありません。
 職人らの多くは教育も乏しく、識見も有たない人たちでありましょう。しかし正直な人であり信仰の人であることは出来たのであります。自分独りでし力が乏しかったとしても、祖先の経験や智慧に助けられて、力のある仕事が為し得たのであります。伝統への従順さは職人らの仕事を確実なものにしました。職人らがもし自分の力のみに頼って歩いたなら、きっと踏みはずしたり、つまずいたりしたでありましょう。ですが他力に任せた時、丁度帆一ぱいに風をはらんで滑らかに走る船のように安全に港に入ることが出来たのであります。

柳 宗悦「手仕事の日本」