2016年6月15日水曜日

国家の戦争と平和

  実に人間にしても自然状態においてはお互いに敵である。だから国家の外にあって自然権を保持するものは皆敵たるを失わない。ゆえにもし国家が戦争をして自己の権利の非常手段を用いようと欲する場合、それをなす権利を有する。戦争を行うにはただ戦争の意欲を持ちさえすれば十分だからである。
 これに反して、平和に関しては、国家の意思が平和に合致していなければ何事も決められない。戦争の権利は国家に属するが、平和に関する権利は一国家にではなくて少なくとも二国家に属することである。これらの国家は盟約国と呼ばれる。
 平和の盟約は、盟約を締結する原因すなわち損害への恐怖や利得の希望が存在する間は確固として存続する。それがなくなれば、再び相互に結合していた靭帯は溶ける。任意の時に盟約を解消する全ての権利を有する。平和の存続を前提として未来に向かって契約を結ぶ。だから国家が欺かれたと訴える場合、責めうるのは盟約国家の不信義ではなく、ただ自己の愚かさだけである。
 相互に平和条約を締結した国家は、平和の諸条件や諸規約に関して、係争問題を解決する権利が帰属する。平和の権利は、国家の所有ではなくて、盟約国家共同の所有である。問題に関して国家が意見の一致を見ることができなければ戦争状態に立ち返る。
 相互に平和条約が多ければ多いだけ、国家は戦争をなす力が少なくなり、平和の諸条件を守るように拘束されることが多くなる。国家は自己の権利が少なくなり、盟約国家の共同の意志に順応するように拘束される。

バールーフ・デ・スピノザ「国家論」