2016年6月20日月曜日

最暗黒の下層市民

 生活は一大疑問なり、尊きし王公より下乞食に至るまで、いかにして金銭を得、いかにして食をもとめ、いかにして楽しみ、いかにして悲しみ、楽は如何、苦は如何、何によったか希望、何によってか絶望。
 利益は上に壟断されて下層に金銭の流液するなく、すでに絶対してまさに絶命に陥らんとす。彼らには予防する策はなく、思想知識はなく、高尚なる議論はなく、元より社会的思想はなく、世事のことよりも、まず生計に忙しく、未来の進歩あるいは退却するのも別に心痛できない。
 戦争においては炊き出し方となり、軍旅においては運送方となり、いかなる場合においても、身を働かすのほかに向かって希望をいだかず、常に人生生活の下段を働く所の彼らの覚悟はいかに。蒼々たる故郷の山岳、穣々たる田間の沃野を最後の楽園として思うほかには何も見ざる生涯。
 ああ恐るべかな経済の原理、つばさなくして飛び、足なくして探り、ついにこの暗黒界に潜り込み、その残飯たる乞食めしの間を周旋するに至らんとは。
「はあ、つまらねえつまらねえ、世の中はもう飽きたちゅうに不思議はあるめえ。もう苦労をする物あねえぜ、苦労したちて一人前食らうほど稼げねえだ。店賃はがみがみ言われる、内の者には面倒がられる。
 車屋じゃ善顔して貸さない、こりゃもう首でも縊れよう。野郎め、屋根代ガミガミ言って見ろい。てめえの軒下へつっしゃがんで、ふくどし括りつけてやるぞ。車屋の因業ばばめ、もしおれの車を没収でもしやがると台所からはいしゃがんでくたばってやるぞ。べらぼうめ、六十八おやじ知らねえか。」
【翌年頃の1994(明治27)年から日清戦争が勃発して近代戦争に突入する。】

松原 岩五郎