無力な人間の意志が厳格に定められた宇宙の法則に対して絶望的に打ち勝っている陰鬱な光景を描いた。いっさいの人間の情熱の空しさ、合理的体系の馬鹿馬鹿しさについて語った。また人間が、行為と感情の非合理なバネを理解するのに全面的に失敗したといっている。すべて肉体を有するものは苦しみを免れない、したがって人間そのものを最高度の静寂主義の状態に抑え、もはや情熱を失ったので不満や屈辱や傷には不感症になることによって、人間の弱さを抑えるのが望ましいとも語った。この有名なショーペンハウアーの教義は、人間がおおいに苦しむのは、あまりにも多くを望み、愚かな野心を抱き、奇怪なまでに自分の能力を過大評価するからであるというレフ・トルストイの見解に反映されていた。
自由意志の幻想と世界を支配する鉄の法則の現実との間の周知の対照関係、特にこの幻想を消滅させることができないために、それが不可避に引き起こさざるをえない不可避な苦しみを激しく強調した。人生の中心的な悲劇であり、人間の中のもっとも利口なもの、もっとも才能のあるものにとっても、みずから統制できることはいかに小さいことか。世界史の秩序ある運動を動かしている無数の要因について、いかにわずかしか知りえないでいることか。なににもまして、秩序が存在しているはずだということを絶望的に信じることが唯一つの便りに秩序を知覚したと称することは、すかに図々しいナンセンスであることか。人間はそれを知らないでいる。現実に人が知覚しているのは、無意味な混沌である。この混沌の高度の形態、人生の無秩序さを高度に反映している小宇宙、それが戦争であった。
「世間では戦いがなんであるかを知りもしないで、さかんに戦いについて話している。広大な地域があらゆる火砲とその他の兵器の響き、指揮官の声、吠えるもの、倒れるものの声に眼を回して心もうつつ、まわりには死者と瀕死の人々、手足をもぎ取らた死体に囲まれ、不安と希望と怒りにかわるがわる取りつかれ、幾度もさまざまな陶酔に陥る。そうなったとき、人はどうなるであうか。彼はなにを見るであろうか。数時間後になにを知っているだろうか。本人と周りの人々にになにが起こるであろうか。その日戦った兵士の中で、どちらが勝ったかを知っているものが一人もいないことが多い(ジョセフ・メーストル)。」
アイザー・バーリン 「ハリネズミと狐ー戦争と平和の歴史哲学」