世界侵略者(ナポレオン軍がプロイセン占領下であった1807年に刊行)は、社交的人間の心に深く根ざすか如き好意、及び戦争によって荒らされた土地の不幸を見て悲しむ人情をも、どうにかして牽制しなければならぬ。その手段は略奪欲しかない。略奪欲が軍人を支配する原動力となり、彼等が豊潤なる土地を荒廃せしむるに際しても略奪のみ考えるようになれば、この略奪は一般の不幸を惹起することによって自己を利するにほかならぬから、ここに始めて彼等の心に同情憐憫の情の起こる恐れがなくなるのである。
従って現代の世界侵略者は、その部下を野蛮人的粗野に到るように育てあげるのみならず、また冷酷かつ組織的なる略奪欲に到るように養成せねばならぬ。即ち略奪的好意を罰せざるのみならず、反ってむしろこれを奨励しなければならぬ。また略奪を為すことに自然に伴う恥辱感をまず一掃し、略奪はかなわち高尚にして悟性に富める心の証拠と見なされ、偉大なる事業の一つに数えられ、名誉と品位を得るの道と考えられるようにしなければならぬ。
世界侵略者のような野蛮国民は、今より後、人、土地及び財貨の略奪を速成的な到富の要決となし、ますます進んで富をつくろうとする。彼等は手当たり次第に略奪をなし、略奪される者がいかなる運命に陥るかを顧みずしてこれを捨て去る。あたかも果実を得んとしてその樹木を伐り倒すが如くである。かくの如き手段を用いる者は、誘惑、甘言、欺瞞の術を用いることができぬ。近き所より見れば、その獣性及びその破廉恥なる略奪欲は、いかに愚かなる者の眼にも明らかに映るが故に、全人類は明らさまにかかる者に対する嫌悪を示すのである。かくの如き手段を行えば、世界を略奪し、荒廃せしめ、一種の混沌境に化せしむる或いはできよう。しかしながらこれを数えて一つの世界王国たらしむことは決してできぬ。
ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ「ドイツ国民に告ぐ」