2017年7月19日水曜日

歴史上の事件は、絶えず文化領域の境界を配列し直しているが、既存の言語上の裂け目をぬぐい去るわけではない。

 世間一般のひとは、人類の一般的分類表のなかで自分の占める位置を、立ち止まって分析することはしない。かれは、自分が人類のある強く統合された部分ーあるときは「国民」として、また、あるときは「人種」として考えられるーの代表者であり、この大きなグループの典型的な代表者としてのかれに関係するいっさいのものは、ともかくも同類である、と感じている。もしも、かれがイギリス人であれば、自分は「アングロ・サクソン」人種の一員であって、この人種の「精神」が、英語と、英語が表現している「アングロ・サクソン」文化を形成してきたのだ。と感じている。
 言語は、もとの発祥の地から遠く離れたところまで伝播し、新しい人種と新しい文化圏の領域に侵入することがある。ある言語が、最初に話された地域では絶滅して、その言語をもと話していたひとびとに激しい敵意をいだいている民族のあいだで、存続することすらある。さらに、歴史上のいろいろな事件は、絶えず文化領域の境界を配列し直しているが、必ずしも既存の言語上の裂け目をぬぐい去るわけではない。
 エドワード・サピア「言語ーことばの研究序説」