2016年10月22日土曜日

戦争は経済没落と知識思想の欠陥

 貧民はその生活に欠陥あると共に、知識思想の上においてもこれに等しき程度をもって、むしろその以上の欠陥を有す、すなわち貧民は経済上の欠乏者たると共に、その思想の上の大欠陥者たり。駿河橋万年町の路次に住めるものにして、手紙を書き得るものとは言わじ、わずかに自己の姓名を帰し得るもの幾人あるべきや、余輩はみぞ等が経済上の欠乏者たるを憐むと共に、思想の欠乏者たるを憐むこと最も切なりとす。

  如何なる時代如何なる社会においても、貧民なきはあらじ、しかも社会の進歩につれて貧民の数増加しゆくが如く、我が国のごときも近年人口の増殖現著なるとともに、到る所の窮迫を訴ふる声聞こゆ、特に日清戦争役以来、物価は騰貴せるのみならず、各種の事業は没退したれば、細民の困難一層を加えたり、識者一考する所なくして可ならんや、しかも富者の贅沢日に増長し、しかして年一年貧民の増加する傾向あるにおいてをや。

 既に工業社会は年々発達を示し、労働者を収むること代うなると共に劣敗者を出すことも多く、かつ当今の我が政府及び国会は細民の消息に注意せず帝にみぞ等を保護せざるのみならず、かえって細民を虐ぐる幾多の祝目を儲えこいおに細民を困窮の地に陥れんとす、この物質社会の進歩はますます生存競争を激しからしめ、経世者たる者注意する所なくして可なるべけんや。

横山 源之助「日本の下層社会」