2016年10月28日金曜日

人民の嚢中より皆生じる

 かつ官とは何ぞや、本これ人民のために設けるものにあらずや、今やすなわち官史のために設くるものもの如し、誤れるの甚だしと言うべし、人民出願し及び請求すること有るに方りこれを却下する時はあたかもも過挙有るものを懲すが如く、これを許可する時はあたかも恩恵を与えるものもの如し、何ぞそれ理にみだれの著しきや、彼等元来誰れに頼りて衣食するか、人民より出る租税に頼るにあらずか、すなわち人民の挙養を受けて、もって生活を為しつつ有るにあらずか、およそ官の物金銭の論なく、いちもうといえども天より落つるにあらず地より出るにあらず、皆人民の嚢中より生ぜしあらざるなし、すなわちこれ人民は官史たる者の第一主人や、敬せざるを得可けんや、
 民権これしごく理なり、自由平等これ大義なり、これら理義に反する者は境にこれが罰を受けざる能はず、百の帝国主義有りといえどもこの理義を滅没することは終に得可らず、帝王尊しといえども、この理義を敬重してついにもってその尊を保つを得可し、この理や漢土に在ても孟軻、柳宗元早くこれを観破せり、欧米の専有にあらざるなり、
 王公将相無くして民ある者これに有り、民無くして王公将相ある者未だこれ非ざるなり、この理蓋し深くこれを考え可し、

中江 篤介「一年有半・続一年有半」