2016年8月25日木曜日

孝行に五段の差別

 孝行に五等の差別あるは、いかなる故にてご座候や。

   人間尊卑の位に五だんあり。天子一等、諸侯一等、執政者一等、士一等、庶民一等すべて五等なり。天子は天下をしろしめす、御門の御くらいなり。諸侯は国をおさむる。大名のくらいで、執政者はてんし諸侯の下知うけて、国天下のまつりごとをする位なり。士は執政者につきそいて、政の諸役をつとむる、さぶらいのくらいなり。物作を農といい、しょくにんを工といい、あき人を商という。この農工商の三はおしなべて、庶民のくらいなり。孝徳は同一体なれども、位によって事に大小高下あるゆえに、そのくらいの分際相応の道理を後世凡夫のために、分変をときあきらめ給う。たとえば孝徳は大海のごとし。五等のくらいは器のごとし。器ににて水をくむに、大小方円のもようはかれども、水はおなじ水なるがごとし。むかし聖人の御代には、人間のくらい五等のほかはなきゆえに、五等の孝を発明し給う。

中江 藤樹「翁問答」