2017年6月25日日曜日

戦争は明らかに人を殺して是認しているが、一体倫理は人を殺すことを是認するのか。

 現在の人間の最も願っているものは『平和』である。平和とは一体何か。真の平和をいうならば武力の戦が終わっても資源戦、経済戦など結局人類の滅亡まで、平和は到来しないであろう。最近の書物にちょいちょい見られるのは戦争の倫理性ということである。戦争の倫理性なんて有り得るものであろうか。人を殺せば当然、死刑になる、それは人を殺したからである。戦争は明らかに人を殺している。その戦争を倫理上是認するなんて、一体倫理は人を殺すことを是認するのか。大乗の立場、大乗の立場と強調される。大乗の立場から戦争をみるなら何故人を殺さぬでもよいようにしないのか。人を殺している間に大乗、小乗の区別はあるものか、すべて悪である。死んだ人間に生を与えるなんて、近代の哲学の現実に対するへつらいにすぎない。哲学はあくまでリードするものであるはずだ。過ぎ去った者に道徳性を与えるなど、文化の恥辱、人間の自己行為の欺瞞だ。 
 戦争、戦争、戦争、それは現在の自分にとってあまりにもつよい宿命的な存在である。世はまさに闇だ。戦争に何の倫理があるのだ、大義のための戦、大義なんて何だ。痴者の寝言にすぎない。宿命と感ずる以上、自分は戦いに出ることは何とも思わない。しかし、それで宿命は解決されるのであろうか。
松岡欽平(東京大学経済学部学生、19455月ビルマにて戦死。22)
日本戦没学生記念会編「きけ わだつみのこえ」


2017年6月23日金曜日

事柄を思索めぐらす者は少数で、それ以外の者は他の主張に思索するだけである。

 著作に先立ってあらかじめ、真剣に考える少数の著作家の仲でも、事柄そのものについて思索をめぐらす者はきわめて少数で、それ以外の者はただ書籍について、他人の主張について思索するだけである。すなわち彼らが思索するためには他人の供給する思索が必要で、なまなましい強烈な刺激をそこに求めなければならない。このようなわけで他人の思想が直接彼等の関心をひくテーマとなり、絶えず借り物の思想に動かされ、その結果真の新機軸をうち出さずに終わってしまう。これに反して少数の中でも、さらにきわめて少数な著作家は、事柄そのものから思索の刺激をうけ、その思索に直接事柄そのものに向かう。このような人たちの間にのみ、永遠の生命をもつ著作家を見いだすことができるのである。もちろん今、私がここで論じたのは精神の尊厳をさまざまな角度から扱う著作家たちのことで、独創性は発揮しても刺激の強い安酒製造に専念する著作家は論外である。

アルトゥル・ショウペンハウエル「読書について」

2017年6月22日木曜日

市民である士は武器で国家防衛に参加と義務を有し、戦国時代から国都での軍士の集団を意味した。

 市民というのは、中語でいうところの「士」の階級にあたるものをさす。士とは要するに武器をとって国家防衛に参加する義務と権利を有する装丁の謂で、上古には貴族の子弟に限られた者が、戦国時代から各国の国都における軍士の集団を意味し、秦漢時代には広く全国の農民までも含むに至ったものである。司馬遷の『史記』は実に中国において最初に、かかる市民を歴史記述の対象として取り上げ、出色の文字とされる「列伝」を書き上げたのである。このことは彼が、社会なるものは単に君臣関係からばかりで成り立つものではなく、時にはそこからはみ出した市民の生活によって支えられている事実を認識したものに外ならない。列伝に散見する個人の興味ある逸話等は、彼自身が採訪した独特の史料によるもので『史記』は言わば足で書いた歴史ともいえるであろう。そこに『史記』の歴史としての価値が存在する。
 しかし司馬遷は歴史を、君主と官僚との君臣関係、及びそれを支える市民という個人に還元することで能事了れりとはしなかった。君主も官僚も市民も、その時々の社会制約の中で生活する。そこには制度があり経済があり道徳があり文化がある。司馬遷はこれらの社会的規範を「礼書」、「楽書」などの八書にまとめた。もちろんその内容は今日から見て甚だ不十分であるが、その意図は十分に汲みとられるち思う。中国の市民生活は漢代を頂点として以後は下り坂にむかう。そしてその後、六朝時代に現れたのは「士族」と称する特権貴族階級である。中国の歴史もそれにつれて、貴族の盛衰を中心に記述されるようになった。
宮崎 市定「中国文明論」

2017年6月21日水曜日

国家は常に同一の状態にとどまるものであり、維持すればよく、増大も有益どころか有害である。

 政府が、その基礎を著しく異にする家政に、どうして類似しうるであろうか。父親は子供達よりも肉体的に強力であるから、彼の助力が子供達に必要であるあいだは、父権は自然によって打ちたてられたものと正当にも見なされる。すべての成員が自然に平等である国家においては、政治権力は、その成立に関するかぎり純粋に恣意的なものであって、契約にもとづいてのみ基礎づけられるに過ぎず、役人は、法によらずしては、他人に命令することができない。子供達にたいする父親の権力は、子供達の特殊利益に基礎をおくものであって、その本性上、生や死の権利にまで及ぶものではない。ところが、主権は、特殊利益に基礎をおくものであって、その本性上、生や死の権利にまで及ぶものではない。ところが主権は、共同利益以外の何らの目的をもたないから、すでに諒解ずみの公共の利益以外の何らの制限をもたない。
 首長は、人民に対して首長が行うことを約束した事柄、すなわち人民がその実行を要求する権利をもつ事柄、についてのみ人民に義務をもつに過ぎない。一般行政は、自らに先行する個人財産を保証するためにのみ樹立される。国家の富は、しばしば非常に誤解されているが、諸個人を平和と富裕のなかに保つための一つの手段でしかない。国家は常に同一の状態にとどまるべく作られたものであり、維持すればよいばかりでなく、いかなる増大も有益どころか有害であることは容易に立証しうるところである。

ジャン・ジャック・ルソー「政治経済論」

2017年6月20日火曜日

キリストは神に従順のために正義を守りたまうため戦死を招かれた。

 神はキリストに死ぬことを強制せられたのではないのだ、キリストには毫末も罪はなかったのだから。だが、御自身で自発的に死を受けたまうのだ。それは従順によって生命を捨てたまうためではなく、卻って従順のために正義を守りたまうためであった、キリストは極めて強くその正義を守り通されたので、そのため、終に、死を招かれたのだ。
 そのうえ更に、聖父が彼に死ぬことを命じたまうのだと言うこともできるだろう、彼が死を招くに至ったその原因は、聖父が命じたまうことなのだから。そういう訳で、「父の彼に命じたまうところに遵ひて、彼は行った」のであるし、また「父の彼に賜ひたる杯を」彼は飲み、「死に至るまで父に従順なるものとなりたまひ」、且つ「受けたまひし苦によって従順を学びたまうた」のである、即ち、いつまでも従順をまもらなければならないかを学びたまうたのである。
 卻って、それは、キリスト御自身が己を聖父と聖霊とにひとしくしたまうて、死による以外の道で、己が全能の気高さを世に示さうとは為したまわなかったからである。というのは、あの死による以外には、為されることのできなかったことが、死によって為されたのであるから、あの死によって為されたと言っても、不適当ではないであろう。

聖アンセルムス「クール・デウス・ホモ(神は何故に人間となりたまひしか)」


2017年6月19日月曜日

一切の奴隷制度は人種と場所による遺伝と気候という二個の基本的条件のみに左右されると誇った。

 一切は人種と場所、換言すれば遺伝と気候という二個の基本的条件に左右されるのであるが、更にこれをアメリカ合衆国の南部と北部との対照について見るに、その気候の及ぼす影響は一層大きいようである。奴隷制度が北部に繁栄するに至らなかった理由は、最も敬神的なる清教徒達ですら奴隷を有していたのであるから、それに対する道徳的反対のあったためではなく、むしろ気候の関係上諸制度が不利益であったからである。不断の刻苦勉励によらなければ生活を維持することのできぬような気候であって、かつ白人が異常の努力をしている所において、奴隷を養うことは経済上収支償はなかったのである。
 けだしかかる能力不十分な奴隷の労働では、その身を養うことすらできなかったので、その主人の利益とはならなかったからである。これに反して南部においては能率の低い黒人の労働すら、その身を養って尚あまりある生産をなしていたから、奴隷制度は有利であった。加うるに南部の白人は精励せず、その肉体労働は黒人のそれよりも大して価値あるものではなかったから、彼らは勢いその優秀なる頭脳を使用するに止め、肉体的労働は黒人をしてこれにあたらしめる習慣を作るに至った。もし清教徒がジョージア州に居住していたとしても、恐らく彼等は肉体労働を軽蔑し、奴隷所有者たることを誇りとするに至ったのであろう。

エルズワース・ハンチントン「気候と文明」

2017年6月17日土曜日

絶対静止空間は不要であり、絶対静止という概念に対応するような現象はまったく存在しない。

 光を伝える媒質に対する地球の相対的な速度を確かめようとして、結局は失敗に終わったいくつかの実験をあわせて考えるとき、力学ばかりでなく電気力学においても、絶対静止という概念に対応するような現象はまったく存在しないという推論に到達する。いやむしろ次のような推論に導かれる。すなわち、どんな座標系でも、それを規準にとったとき、ニュートンの力学の方程式が成り立つ場合、そのような座標系のどれから眺めても、電気力学の法則および光学の法則はまったく同じであるという推論である。この推論の1次の程度の正確さで、既に実験的にも証明されている。そこでこの推論をさらに一歩推し進め、物理学の前提としてとりあげよう。
 また、これと一見、矛盾しているように見える次の前提も導入しよう。すなわち、光は真空中を、光源の運動状態に無関係なひとつの定まった速さcをもって伝播するという主張である。静止している物体に対するマックスウェルの電気力学の理論を出発点とし、運動している物体に対する、簡単で矛盾のない電気力学に到達するためには、これら二つの前提だけで十分である。ここに、これから展開される新しい考え方によれば、特別な性質を与えられた絶対静止空間というようなものは物理学には不要であり、また電磁現象が起きている真空の空間のなかの各点について、それらの点の絶対的静止空間に対する速度ベクトルがどのようなものかを考えることも無意味なことになる。このような理由から光エーテルという概念を物理学にもちこむ必要のないことが理解されよう。
アルベルト・アインシュタイン「相対性理論」

2017年6月14日水曜日

戦争は、一般の理解はまだ荒々しく、常に廻り会う悲哀は、歴史観が心もとなく、立場が多く曖昧である。

 工芸のことに関しては、一般の理解はまだ荒々しいものに過ぎない。残念なことに多くの人たちは、日々一緒に暮らす器物には、そう深く注意してくれない。始終身の廻りにある平凡な品物の領域であるから、それから真理問題を汲み取ろうとする人はほとんどいない。ましてそこに美の法則を見出そうとは考えてはくれない。もっとも私たちは今無数の醜いものに囲まれている。だから美の問題を身近くに考える機縁が乏しいのだともいえる。それに美のことなら、高く深い美術の領域が思い出される。これに比べれば工芸の世界など凡庸なものに映るであろう。だからこそそこに真理を探る人が少ないのも無理はない。だが日々の実用に使うという性質が、そんなにも美と遠いものだろうか。当たり前なものということは、そんなにも省る必要のない性質だろうか。
 工芸史家はどうであろうか。私たちは彼らの調べた歴史的委細から教わるものは些少でない。だが私たちが常に廻り会う悲哀は、彼らに知識があっても直感が乏しいことである。その証拠には彼らはしばしば美しいものと醜いものとを同じように賞める。玉石の判断がなかなかつかないと見える。だから記録は便りになるとしても、歴史観は心もとない。結局工芸への正しい理解の持ち合わせがないのである。特に工芸美に関する点に来ると立場は多く曖昧である。だが歴史家に価値認識が乏しいことは致命的ではないか。ただ史料に依る記述は工芸史観を産まない。
柳 宗悦「工芸文化」

2017年6月13日火曜日

自分自身の魂をゆだねるべきか否かを、いろいろと思案を重ねないことだろう。

 自分がいま、魂をどのような危険にさらそうとしているかがわかっているのかね? かりにもしこれが、君が身体を誰かにゆだねて、身体がよくなるか悪くなるかの危険をおかさねばならないというような場合だったとしたら、君はきっと、その人にゆだねるべきか否かを、いろいろと思案を重ねたことだろうし、また、何日も何日も考えながら、友人や身内の者の助言を求めたことだろう。しかるに、君が身体よりも大切にしているこの魂というもの、君のすべての幸不幸はそこにかかり、それが善くなるか、悪くなるかによって左右されるところのもの、そういうものについては、君は父親にも、兄弟にも、またわれわれ仲間の誰ひとりにも、ほかならぬこの君の魂をあの新米のよそ者に、ゆだねるべきか否かを、相談しなかったのかね。

 君の話によると、昨夜このことを耳にするや、夜明けを待たずにとんできて、君自身をあの男にゆだねるべきかどうかということについては、一言も語らず、相談もせず、そして自分の金ばかりか、友達の金まで注ぎこんでもかまわぬつもりになっているのかーまるで何が何でもプロタゴラスにつかなければならないと、もうすっかり決め込んでしまったかのように! そのプロタゴラスという人を、君は知りもしなければ、まだ一度も話をかわしたこともないと言う。ただソフィストと名づけるだけで、ソフィストとはそもそも何ものであるかについては、明らかに君は知らずにいながら、何もわかっていないその人に、君自身をゆだねようとするのか。

プラトン著「プロタゴラスーソフィストたち」

2017年6月12日月曜日

戦争の如き、その最中には実に修羅の苦界となれども、平和に帰すれば禍を転じて福となし。

 政治固有の性質にして、その働の急激なるは事実の要用においてまぬかるべからざるものなり。その細目にいたりては、一年農作の飢饉にあえば、これを救うの術を施し、一時、商況の不景気を見れば、その回復の法をはかり、敵国外患の警を聞けばただちに兵を促し、事、平和に記すれば、また財政を修むる等、左顧右視、臨機応変、一日片時も怠慢に附すべからず、一小事件も容易に看過すべからず。政治の働、活発なりというべし。

 政治の働きは活発なるがゆえに、利害ともにその痕跡を遺すこと深からず。たとえば政府の議定をもって、一時租税を荷重にして国民の苦しむあるも、その法を除くときはたちまち跡を見ず。今日は鼓腹撃壌とて安堵するも、たちまち国難に逢うて財政にくるしめらるるときは、たままち艱難の民たるべし、いわんや、かの戦争の如き、その最中には実に修羅の苦界なれども、事、平和に帰すれば禍をまぬかるるのみならず、あるいは禍を転じて福となしたるの例も少なからず。 

福沢諭吉、政治と教育と分離すべし「福沢諭吉教育論集」


2017年6月7日水曜日

神も天も諸物体も虚偽であるも「我思惟す故に我あり(ego cogito, ergo sum) 」は最初の最も確実な自由である。

 我々は、以前に最も確実と考えていた他のことについても疑うであろう、即ち、数学的証明についても、また今まで自明と信じていた諸原理についても。なぜならば、かつて幾人かの人が、かようなことにおいて誤りを犯し、我々には誤りと思われたことを、最も確実で自明的だと認めていたようなことを、我々は知っているし、またとりわけ、一切を為すことができ、かつ 我々をも創造した神が、存在することを聞いているからである。というのは、我々が自分に最も明白に見えることにおいてさえ、いつでも思い違いをするような工合に、神が我々を創造しようと欲しなかったかどうかは、我々にはわからないであろう。なぜならそうしたことが起こり得たことは、我々が前に気付いていることだが、我々が時に思い違いをすることがあるのに劣らず、あり得ることだからである。そして我々が全能の神によってではなく、我々自らによってか、或いは何であれ他のものによって存在するのだと創造するならば、そうした我々の創造者の力を小さく見積もれば見積るほど、我々がいつも思い違いをするほど不完全だということも、いっそう信じ得ることであろう。
 我々が何らかの仕方で疑い得る一切のことを斥け、かつ虚偽であると考えることによって、我々はなるほど神も天も諸物体も存在せず、また我々自ら手も足も、そしてついには身体をも有しないと創造することは容易であろう。しかしその故に、かようなことを思惟する我々が、無であるとは創造することはできない。というのは思惟するものが、思惟しているその時に存在しないことは不合理だからである。それ故に、「我思惟する故に我あり」(ego cogito, ergo sum)というこの認識は、一切の認識のうち、誰でも順序正しく哲学する人が出会う最初の最も確実なものなのである。

 ルネ・デカルト「哲学原理」

2017年6月6日火曜日

強い戦闘的天性は抵抗するものを必要とし求め、敵と対等が決闘の前提である。

   戦いとなると、話は別である。わたしはわたしの本性上戦闘的である。攻撃することはわたしの本能の一つである。敵となりうること、敵であることーこれはおそらく強い天性を前提とする。いずれにせよ、これは、すべての強い天性の所有者に起ることである。こういう天性は抵抗するものを必要とする、従って抵抗するものを求める。攻撃的パトスが強さに必然的に伴うものであることは、復讐や遺恨の感情の弱さに伴うのと同断である。
 攻撃する者の力の強さを測定するには、彼がどんな敵を必要としているかということが一種の尺度となる。ひとの成長度を知るには、どれほど強力な敵対者をーあるいは、どれほど手強い問題を、求めているのかを見ればよい。つまり、戦闘的な哲学者は、問題に対しても決闘を挑むのである。その場合かれがめざすことは、抵抗するものに勝ちさえすればいいというのではなく、おのれのもつ力と敏活さと武技の全量をあげて戦わねばならないような相手ーつまり自分と対等の相手に打ち勝つことである。・・・敵と対等であることーこれが誠実な決闘の第一前提である。相手を軽視している場合、戦いということはありえない。相手に命令をくだし、いくぶんでも見下している場合には、戦うにはおよばない。

フリードリヒ・ニーチェ「この人を見よ」

2017年6月4日日曜日

残忍な聖書は殺戮をやめず、ヨブ記は不義の源であり、人間は死んで眠る。

 聖書、すなわちこの残忍な書は、殺戮をやめなかった。「ヨブ記」は涸れることのない不義の源である。霊からなるものは涸れることはない。読みた合わせて楽しんでいる。ヨブの友人たちはヨブに諦めるように勧める。彼はそれを自分自身に勧めている。どうやって神と戦うというのか。どうやって神を訴えるというのか。このような霊に対する崇拝、すなわち外に立ち、怒っている、仮借なき、抗えない霊に対する崇拝は、おそらく本質的に偶像崇拝である。なぜなら、フェティシストたちは多くの神がいることでーある神が他の神に勝利するといことでー慰められ希望をもっているから。これらのナイーヴな空想は、人間の置かれている現実の状況をうまく表している。なぜなら、さまざまな事物があることによって、すべてに救いがあることになるから。
 しかし、唯一の神、霊であると同時に力である神。それは観念だけで、圧倒する、殺戮する。ヨブは金持ちであった、しあわせであった。友人たちがいた。突然、彼は貧乏な者となり、病気になり、人から見捨てられている。それはヨブにとって、当然のことのように見えている。この偉大な宇宙、われわれよりもはるかに力の強い宇宙は、ヨブの眼には、決意をもった一人の人間がその小さな指を動かしただけでは粉砕できない、変更できないものであった。たしかに、この世界は「霊」なのだ。この世界のすべて、一物から、ただ一つの意志からなっているのだ。その時、人間は眠っている、死んでいる。

アラン (エミール・オーグスト・シャルティエ)「四季をめぐる51のプロポ」

2017年6月3日土曜日

開花した諸国民に重くのしかかる最大の害悪が戦争に由来する。

 我々は、開花した諸国民の上に重くのしかかるところの最大の害悪が、戦争に由来することを認めざる得ない、しかもそれは、現に行われている、或いは過去に行われた戦争の結果と言うよりは、むしろ将来の戦争のための軍備ーそれも永久に軽減されることのない、それどころか不断に増大しつつある軍備によって引き起こされるのである。実に国家の一切の力、その国の文化の一切の成果は、このことのために費やされているのであるが、しかしこれらの諸力や成果は、軍備のことさえなかったなら、更に大なる文化の創造のために用いられ得るところのものなのである。自由は、諸方において著しく阻害されているし、また本来ならば国家が個々の国民に致すべきいつくしみ深い配慮は、国民に仮借なく課せられる苛酷な要求に化している、しかもこの過酷さは、実に外寇の危険をおもんばかっての措置として是認されて居るのである。
 とはいえ諸国の文化にせよ、或いは公共体を形成する諸階級が緊密に結束して彼等の福祉を互いに促進し合うための協力にせよ、或いは植民にせよ、或いは法律による厳しい制限にも拘らずなお残されているほどの自由にせよ、これらのものがとにかく存在しているのは、常に忌み憚られている戦争そのものが諸国家の主権者を強要して人間性の尊重を止むなく認めざる得なくしたためにほかならないのである。
イマニュエル・カント「人類の歴史の憶測的起源」『啓蒙とは何か他四編』


2017年5月31日水曜日

苦しみを不断につつづけさせ、不断に新たな苦しみをかきたてるように、たえず新たな攻撃を加える。

  あらゆる方法で憎悪心をとぎすましながらも、わたしの迫害者は、そのはげしい憎悪のためにかえってひとつの方法を忘れていた。それは、効果をだんだんとつよめていき、わたしの苦しみを不断につつづけさせ、不断に新たな苦しみをかきたてることができるように、たえず新たな攻撃を加えるということだった。もしもかれらが巧妙に、いくらかでも希望の光を残しておいてくれたなら、それによっていまでもわたしを捕らえていたにちがいない。なにか好餌をもってさらにわたしをなぐさみものにしたうえ、すぐにわたしの期待を裏切って、また新しい苦しみをあたえ、わたしを悲嘆に暮れさせることもできたろう。
 ところがかれらは、初めからあらゆる手段を使いはたしてしまった。わたしはなにひとつ残しておくまいとして、自分たちもいっさいすることがなくなってしまったのだ。かれらがわたしに浴びせかけた罵詈、誹謗、嘲笑、汚辱の雨は弱まることはないにせよ、いっそう激しくなることもありえない。かれらは、それをさらに重大なものとすることはできないのだし、わたしはそれからのがれることはできない。どちらも同様に打つ手がない。かれらはあまりにも性急にわたしを不幸のどん底に追い込もうとしたために、いまでは人間に可能なかぎりのことをして、地獄のあらゆる狡知の助けをかりようとも、このうえできることはなにひとつなくなっている。肉体的な苦痛をあたえるとしても、それはわたしの苦悩を増すことなく、かえって苦悩忘れさせてくれるだろう。悲鳴をあげさせるかもしれないが、嘆息する機会は少なくしてくれるだろうし、身体の痛みは心の痛みを忘れさせてくれるにちがいない。

ジャン・ジャック・ルソー「孤独な散歩者の夢想」

2017年5月27日土曜日

戦争の義務は、個人の意志ではなく道徳的法則に対する尊敬の念にて為す行為の必然性である。

  義務とは道徳的法則に対する尊敬の念にもとづいて為すところの行為の必然性である。私の意図する行為の結果であるところの対象には、なるほど傾向をもつことはできるが、しかしとうていこれに尊敬を致すことはできない、かかる対象は意志から生じた結果にすぎないのであって、意志そのもののはたらきではないからである。同様に私は、傾向性一般をーそれが私の傾向であると、他人の傾向を問わず、ー尊敬することはできない、もしそれが私の傾向性であれば、ただこれを傾向として認めるのが精々だし、また他人の傾向であれば、それが私自身の利益に役立つ限り、時にこれを喜ぶことさえあるだろう。
 それだから結果としてではなく、あくまで根拠として私の意志と固く連結しているところのもの、私の傾向性に奉仕するのではなくてこれに打ち克つところのもの、少なくとも対象を選択する際の目算から傾向性を完全に排除するところのもの、すなわちーまったく他をまつところのない法則自体だけが尊敬の対象であり得るし、また命令となり得るのである。そこで義務にもとづく行為は、傾向性の影響を、また傾向と共に意志のいかなる対象をも、すべて排除すべきであるとすれば、その場合に意志を規定するものとして意志に残されているところのものは、客観的には法則だけであり、また主観的にこの実践的法則に対する純粋な尊敬の感情だけである。従ってまたいっさいの傾向を廃してかかる法則に服従するところの格律である。

イマニュエル・カント「道徳形而上学言論」


2017年5月23日火曜日

戦乱干戈の間にして創建し、太平の余化より出でし盛挙に及ぶの暇あらんや。

 かへすがへすも翁は殊に喜ぶ。この道開けなば千百年の後々の医家真術を得て、生民救済の洪益あるべしと、手足舞踏雀躍に堪へざるところなり。翁、幸ひに天寿を長うしてこの学の開けかかりし初めより自ら知りて今の如く隆盛に至りしを見るは、これわが身に備はりし幸ひなりとのみいふべからず。伏して考ふるに、その実は恭く太平の余化より出でしところなり。
 世に篤好厚志の人ありとも、いづくんぞ戦乱干戈の間にしてこれを創建し、この盛挙に及ぶの暇あらんや。恐れ多くも、ことし文化十二年乙亥は、二荒の山の大御神、二百とせの御神忌にあたらせ給ふ。この大御神の天下泰平に一統し給ひし御恩沢数ならぬ翁が輩まで加はり被むり奉り、くまぐますみずみまで神徳の日の光照りそへ給ひしおん徳なりと、おそれみかしこみ仰ぎ猶あまりある御事なり。
杉田 玄白「蘭学事始」

2017年5月22日月曜日

寡頭政治の世の中は同罪の死刑に巻き込む様なことを命じる。

 まだ国家に民主政治が行われている頃に起こった事である。しかるに寡頭政治の世となったとき、「三十人」はまたもや私を他の四人と共に円堂に召喚してサラミス人レオンをサラミスから、死刑に処せんがために連れて来ることをわれわれに命じた。彼らは、できる限り多くの人を自分達と同罪に巻き込まんとして、他の多くの人々にもしばしば同じ様なことを命じたのである。
 その時にもまた私は、言葉によってではなく、実行によってーもしこういういい方があまり粗野に失しないならばー自ら死は寸毫も顧慮しないが、これと反対に、不正と瀆神の行為を避けることは何よりも重視する者であることを証示した。あれほど強大な権力を持っていた政府も、私を威嚇して何らの不正も行わしめることができなかった。そうして私達が円堂を出てから、他の四人はサラミスへおもむいてレオンを連れてきたが、ひとり私は家に帰ってしまったのである。もしある政府がその後に、追いかけて崩壊しなかったら、恐らく私はそのために生命を失っているに違いない。またこの事については多くの人が諸君に証言するであろう。
プラトン「ソクラテスの弁明」


2017年5月20日土曜日

戦争は知覚されることであり、知覚されることを抜きにして戦争は存在しない。

 平明な常識の大道を歩んで自然の訓えに支配される無智な人類大衆は、概ね安穏で心を錯乱されていない。この人たちにとっては、馴染みのものはすべて、說明が不可能ではないと思われ、了解に困難でないと思われる。その人たちは、感官が明証を欠くという不平を少しも言わなく、懐疑論者になる危険性は全くない。
 しかるに、私たちが感官と本能を去って、一そう優った理知の原理の光に隋うや否や、すなわち事物について推測し、静思し、省察するや否や、以前には遺漏なく了解したように見えた事物について、百千の懐疑が心に湧き起こるのである。感官の偏見と過誤とはあらゆる方面から姿を現わして、私たちに視えてくる。そして、こうした偏見や過誤を理知によって訂正しようと力めながら、私たちは知らず識らずに奇怪な逆説や難問や撞着に陥る。この逆説や難問や撞着は、私たちが思索を進めるにつれて累積し、成長して、ついに、多くの錯綜した迷い路をさまよったすえ、私たちは、自分がちょうど前にいた所にいるのを見出すか、あるいはなお悪いことには、寄る辺ない懐疑のうちに座り込むのである。

ジョージ・バークリ「人知原理論」

2017年5月17日水曜日

死の教えを心から憶念することはなんという喜び!

一切の生は死という本質にある。
永遠の生命を得たならば怠惰の中になり、
欲望は果てしなく湧き起こる。
無益に一生を費やすことなく、
死の教えを心から憶念することはなんという喜び!
あらゆる財力や権力を幻の王国と見る一方で、
慢心や自尊心、快楽を貪る心や虚栄心を起こすことなく、
それらがどれほど無益かを知る智慧をもち、
出離の意志を貫くことは何という喜び!
いかなる名声であっても、それはすべてはあたかもこだまの響き。
さまざまな言葉で賞賛されるようになるまでのこと。
それは悪い種子が捨てられ非難されるようになるまでのこと。
靜寂の中で、マントラの中でそれを悟ることは何という喜び!
分別という悪しき執著が敵となり、さまざまな心が湧き起こる。
この心の本性を、真の法身を知り、
さまざまな事象を識別し、無作の法身を知るとこは何という喜び!
ユトク・ニンマ・ユンテン・グンポ
「ユトク伝ーチベット医学の教えと伝説」

2017年5月14日日曜日

分子集合である有機体制の生命の活動は死により停止される。

  有機体制の活動、すなわち内型の力が死によって停止せしめられると、体の分解がこれに続行する。しかし、有機分子は依然として残存し、体の解体と腐敗において釈放され、他の内型の力によって接収されるや否や別の生物体内に移行する。言わば、有機分子なるものは、毫も変化することなく、生物体に栄養と生命とをもたらす永劫不易の性質を保持しつつ、動物体より植物体へ、または植物体より動物体へと移行しうるのである。
 ただ、内型の力が無力である合間には、すなわち有機分子が分解した死体の物質内で開放され、しかもそれが動植物の普通の種を構成する有機体によって吸収されるに至らない合間には、無数の自然発生が生起する。つねに活動的である有機分子は腐敗した物質に衝動を与えようと努め、この物質から原質粒子を獲得し、これらの粒子の再結合によって無数の小さい有機体を生成する。
 この有機体の或ものは、みみずやきのこなどのごとく相当大きい動植物として出現するが、他のものは顕微鏡によってはじめて観察しうるほど小さく、数はほとんど無限である。これらのすべてのものは自然発生によってのみ存在し、生命ある単純な有機分子と動植物の間の間隙を埋めている。
ルイ・パストゥール「自然発生説の検討」

2017年5月7日日曜日

意志によって世界は全体として別の強弱の世界へと変化する。

 意志によって世界は全体として別の世界へと変化するのでなければならない。いわば、世界全体が弱まったり強まったりするのではなければならない。

 幸福な世界は不幸な世界とは別ものである。

 同様に、死によっても世界は変化せず、終わるのである。

 死は人生のできごとではない。ひとは死を体験しない。

 永遠を時間的な永続としてではなく、無時間性と解するならば、現在に生きる者は永遠に生きるのである。

 視野のうちに視野の限界は現れないように、生もまた、終わりをもたない。

 人間の魂の時間敵な不死性、つまり魂が死後も生き続けること、もちろんそんな保証はまったくない。しかしそれ以上に、たとえそれが保証されたとしても、その想定は期待されている役目をまったく果たさないのである。いったい、私が永遠に行き続けたとして、それで謎が解けるとでもいうのであろうか。その永遠の生もまた、現在の生と何ひとつ変わらず謎に満ちたものではないか。時間と空間のうちにある生の謎の解決は、時間と空間の外にある。ここで解かれるべきものは自然科学の問題ではない。

 世界がいかにあるかは、より高い次元からすれば完全にどうでもよいことでしかない。神は世界のうちには姿は現しはしない。

ルートヴィヒ・ウィトゲンスタイン「論理哲学論考」

2017年5月6日土曜日

武器は敷物に野営し戦死を気にかけず注意を集め誉めて受け継ぐ

 子路が強さについておたずねした。先生はいわれた、「南方の強さのことかね、北方の強さのことかね。それともお前の得意とする強さのことかね。心やたかな柔らかさで人びとを教え導き、でたらめな相手にもこちらの節度を守ってしかえしをしたりはしないというのが、南方の強さである。君子の行動はそれによっている。
 武器や甲・冑を敷物にして野営をかさね、戦死することも気にかけないというのが、北方の強さである。お前の考える強者はそれによっているのだ。
 そこで君子は、もの柔らかく人びとと和合しながら、しかも節度を曲げて人に流されるようなことはない、しっかりとして強いことだ。中正の立場に直立して少しも偏らない、しっかりとして強いことだ。国じゅうに道徳が行われてその身が栄達したときも油断なく平生の節度を変えることはない、しっかりとして強いことだ。国じゅうに道徳が行われないで困窮したときも死ぬまでその心がまえを改めない、しっかりとして強いことだ。」
 先生はいわれた、「わかりにくいはっきりしないことをむりにさぐり出したり、風変りな奇怪なことを行ったりすると、人の注意を集めて、後の世にそれを誉めて受け継ぐものも出るだろう。だが、わたしはそういうことはいない。君子は道を規準として行動するものだ。たとえ力及ばず途中で挫折することがあるにしても、わたしには道を守るのをやめることはできない。君子は中庸に依りそってゆくのである。世間に背を向けて隠遁し、だれにも知られずに終わっても悔いることがないというのは、これはただ特別の聖者だけにできることだ。それもわたしの望むことではない。」

「中庸」第2章第4節(朱子) 曾参・子思『大学・中庸』


2017年5月5日金曜日

平和とは戦争とは何か。

 平和、それは、一政治社会が享有するー国内では、その成員間によき秩序が支配することによって、国外では、互いによく和合しあって他の諸人民と共生することによって享有するー安寧である。
 戦争は、人間の腐敗の果実であり、政治体のけいれん性の重病である。政治体は、平和を享有するときにのみ、健康状態、すなわちその自然状態にある。国家に力をあたえるのは平和である。平和は、市民のあいだに秩序を維持し、法律に必要な力をあたえ、人口増加、農業、商業を促進する。一言でいえば、平和は、すべての社会の目的である幸福を人民に得させる。
 戦争は、これに反して、国家の人口を減少させ、国内に無秩序を支配させる。戦争がもたらす放縦にたいしては、法律は沈黙を余儀なくされる。戦争によって、市民の自由と財産は不確実となり、商業は混乱し等閑にふされ、土地は耕されず放棄される。いかなる国家であろうと、もっと目ざましい勝利でも、戦争の犠牲となった多くの成員の損失の埋め合わせをつけることは決してできない。その勝利そのものの国家にもたらす重傷をいやし得るのは、平和のみである。

ダミラヴィル「平和 Paix」

ドゥニ・ディドロ、ジャン・ル・ロン・ダランベール『百科全書』


2017年5月4日木曜日

死との戦いに勝てる従者、復讐の念、愛、名誉、悲しみ、恐怖、あわれみ

   哲学者で自然人としてのみ語ったセネカが、「死そのものより、むしろ死に付随するものが人を恐れさせる」と言ったのは至言である。うめき声、ひきつり、青ざめた顔、泣く友人たち、黒の喪服、葬式などが、死を恐ろしいものに見せる。人間の心の中にあるどんな情念も死の恐怖を負かして支配できないほど弱くはないことは注目に値する。それゆえ、人が死との戦いに勝てるほどの多くの従者を引き連れている時、死はそれほど恐ろしい敵ではない。復讐の念は死に打ち勝つ。愛は死を軽んずる。名誉はそれを願う。悲しみはそれに逃げ込む。恐怖はそれを先取りする。それどころか、皇帝オトーが自害すると、あわれに思って、あわれみが感情の中で最もやさしい感情である、多くの人が主君に対する純一な同情から、いわば最も忠誠なお供として殉死した、ということが書かれている。
 さらにセネカは気むずかしさと飽きやすさをつけ加える。「君がどんなに長い間、同じことをしてきたかを考えてみたまえ。勇士とか不幸な人とかが死を願うばかりでなく、気むずかしい人も願いかねない」。人間は勇敢でも不幸でもないにもかかわらず、ただ同じことを何度も繰り返すのにうんざりした結果、死を欲するだろう。
フランシス・ベーコン「ベーコン随想集」

2017年5月1日月曜日

個人が家長たる地位にあり武士団の全体を拘束する

  武士団が主従関係を根幹としていることから来る当然の結果である。族的結合は共同の祖先をもつという意識によって結合する集団であり、その構成単位は個人ではなくして常に家であるから、族的関係自体は個人にとってはただ家を通じてのみ関係をもつ非選択的な所与である。族的関係は、それを構成する家の続く限り永劫であり個人のそれへの隷属は絶対的である。
 これに対して主従関係は、わが国の如く主人と従者における身分的倫理的結合が強く、契約的関係が稀薄であっても、本質的には人格的結合である限り、それは個人対個人の関係でなければならぬ。それが家と家との結合の如き外観を呈するのはそれらの個人が家長たるの地位にあり、したがってその行為は家全体を拘束するからに外ならないと思う。家子郎党が譜代的に主家に臣従する関係は武家社会において望まれたことではあったが、しかし普遍的事実でもなく、また主従関係の特質でもなかったことは、『貞永式目』第十九条の規定から知られる。武士団はその主要な構成分子が同族関係のものであっても、それが個人によって形成され、したがって族的結合の個人に対する関係に比較すれば、より自由な結合の形式である。したがってそれは原則的には同族関係に拘束されることなく、同族関係より広い人間を組織し得たのである。
石母 田正『中性的世界の形成』

2017年4月27日木曜日

免れぬ戦争の追憶は後方に向い反復で前方に向かう

  反復は、ギリシア人が「追憶」といったものをあらわす決定的な言葉だからである。ギリシア人は、あらゆる認識は追憶であると教えたが、同じように新しい哲学は、全人生は反復である、と教えるだろう。反復と追憶とは同一の運動である、ただ方向が反対であるというだけである。つまり追憶されるものはすでにあったものであり、それが後方に向かって反復されるのに、ほんとうの反復は前方に向かって追憶される。だから反復は、それができるなら、ひとを幸福にするか、追憶はひつを不幸にする。むろん人間は生ま出たからには、せめてしばらくなりとゆっくり生きてみるとしたもので、生まれ落ちるとすぐに、例えばなにかを忘れたものをしたというような口実を設けて、人生からそっと引き返したりしないものと前提してのことであるが。
 人生は反復であり、そして反復こそ人生の美しさであることを理解しないものは、手ずから自分に判決をくだしたも同然で、しょせん免れぬ運命、つまり自滅のほかあるまい。思うに、期待はひとをさしまねく果実ではあるが、腹の足しにはならぬ。追憶はまことに心細い扶持で、これまた腹を満たすには足りない。ところが反復は日々のパンである、それは祝福をもって満腹させてくれる。ひとたび人生を周航してみれば、人生が反復であることを理解するたけの勇気をもてるかどうか、また反復を楽しむ気持ちになれるかどうかが明らかになるだろう。生きることをはじめる前に、まず人生の岸辺を周航しなかったものは、決して生きることにはならないだろう。人生を周航してみたがうんざりしたというひとは、虚弱な体質の持ち主だったのだ。反復を選んだものだけがほんとうに生きるのである。
セーレン・キルケゴール「反復」

2017年4月25日火曜日

戦争の苦しみは平時に直ちに忘却して悪意で外国を判断する。

  戦争本能が必要であったし、それは自然的と呼ばれ得るような残忍な戦争を目的として存在していたのであるから、単に武器を錆びさないためにも、多数の偶発的戦争が行われた。さて、戦争が始る際の民族の熱狂を考えてみよ! もちろん、そこには恐怖に対する防衛的反応、勇気の自動的鼓舞がある。しかし、そのにはまた、あたかも平和とは二つの戦争の間の一休止に過ぎないかのように、自分は危険と冒険の生活のために作らていたのだという感情もある。熱狂はやがて静まる、なぜなら苦しみが甚だしいからである。
 戦争の苦しみは平時にあってはどうして直ちに忘れられてしまうのであろうか、というこは知りたい点である。婦人には分娩の苦痛を忘却させるための特別なメカニズムが存しているーすなわち、あまりに完全な追憶は彼女が再度の分娩を欲するのを妨げるであろう。この種の何等かのメカニズムが特に若い民族にあっては戦争の戦慄の場合にも真実に働いているように見える。自然はこうした方面でなお別の種々な予防策を講じた。自然は、われわれと外国人との間に、無知や偏見や憶断で巧みに織りなされた幕を垂れ下げた。一度も訪れたことのない国を認識しないことは何等驚くべきことではない。しかし、その国の認識を持たないでその国を判断し、しかも殆ど常に悪意で判断するということは、說明を要する事実である。
アンリ・ベルグソン「道徳と宗教の二源泉」

2017年4月22日土曜日

善と悪は感じ方及び外的事物が印象づける度合いに依存する。

  われわれに憐憫の情や苦痛の観念を呼び起こす外的な表示の手段のうちで、盲人たちが強い印章をもつのはただ愁訴による場合のみだということから、一般に盲人たちは非人情なものではないかと思うわけなのです。一体、盲人にとって、小便をひっかける人間と、ぐずぐずいわずに潔く血を流す人間との間にどのような違いがあるのでしょう? われわれにしてみても、対象が遠く離れているか、或いは小さいために、視力の喪失が盲人に及ぼすのと同程度の効果を負わされたとしたら、われわれだって同情をもたなくなりはしませんか? それほどさようにわれわれの善はわれわれの感じ方、及び外的事物がわれわれに印象づける度合いに依存するのです! だからこそ、罰さえ怖れなければ、それが燕ほどの大きさに見えない距離で一人の男を殺すことは、多数の人にとっては、彼らの手で一匹の牡牛を絞め殺すよりはるかに楽なのだということを確信するのです。われわれが喘ぎ苦しむ一頭の馬にも憐れみを感じながら、何ら懸念なしに一匹の蟻を踏み殺しえるのは、これと同じ原理に支配されているのではないでしょうか?
  ああ盲人の道徳はわれわれとはなんと異なっていることでしょう? 聾者の道徳が盲人のそれとはまたかけ離れていることでしょうし、われわれより一つ余計に感覚をもつ生物がありとすれば、いかに慾目で見たところで、われわれの道徳を不完全なものだと思うことでしょうね?
ドゥニ・ディドロ「盲人書簡」

2017年4月18日火曜日

兵士は戦闘 では怒りの激情にのみに全てがとらわれる

 「人々は緊張した深い思索に沈っているときは、たとえ光波や音波が肉体的器官にふれても、見ることも聞くこともできない。然り人々はその時は肉体の痛みさえ忘れる。」しかしながら人々は激情におそわれているときもまた肉体の痛みをさえ忘れる。そして人々は感性的直感に夢中になっているときもまた音がきこえない。そしてまた人々は感性的直感に夢中になっているときもまた音が聞こえない。そして人々は、音に聞きほれるか、またはひたすらに緊張して或ることに耳を傾けているときも、物が見えない。それ故にまたわれわれは、妨害されずに聞くために、しばしば眼を閉じるのである。聞くときにはーもちろん興味をもって聞くときにはー人間は全身耳になり、または少なくともそうなろうと欲する。人間はまた見るときには全身眼になり、思索するときにはーすなわちもし彼が全体的な思索家または計算家であり、完全な思索家または計算家であるならばー全身頭になる。
 しかしながら視覚や聴覚について妥当することはその他の感覚や激情についてもまた妥当する。かくして人間は怒りの激情にとらえられている際は傷の痛みを感じない。そしてそれは丁度兵士が戦闘中の真最中に傷の痛みを感じないのと同様である。しかしながらそれは単に、人々は二人の主人に同時に仕えることができないという格言が、道徳においてと同様心理学においても価値をもっているという、単純な理由によってに過ぎない。私は二つの場所に同時にいることができない。それと同様に私は同時に、激情の競技場または眼の激情および脳髄の研究室に現われかつ活動することができない。私がいるところ、そこには私は全身をもって・分割されずに・肉体および頭または心をもっておらねばならない。また私があるところのものであるものは、全身をもってであり・分割されずにであり・肉体および頭まては心をもってなのである。
ルードヴゥ匕・アンドレアス・フォイエルバッハ「唯心論と唯物論」

2017年4月15日土曜日

或る戦争が悪いとは普遍的概念や一般的概念と一致する意味である。

  善及び悪が理性の有に属するかそれとも実的有に属するかということである。しかし、善及び悪は単に関係を表すものにほかならぬから、それが理性の有の中に入れられるべきことは疑いがない。或るものが善いと言われるのは、それほど善くない或る他のもの、或はそれほど我々に有用でない或る他のものに関係してのみ言われるからである。例えば、或る人間が悪いと言われるのは、より善い人間と比較してのみ言われるのであり、或るリンゴが悪いと言われるのも、善い或はより善い他のリンゴと比較してのみ言われるのである。
 すべてこうしたことは、比較してそう呼ばれる他のより善きものが存在しなかったとしたら言われ得なかったであろう。
 従って或る物が善いと言われるのは、それがそうした物について我々の有する普遍的観念や一般的概念と一致すると言う意味にほかならない。
 しかし、我々が前に述べたように、物はその個別性と一致すべきである。個別的観念の対象のみが真の実在性を有するのであるから。そして決して普遍的観念と一致すべきではない。普遍的観念と一致すればそれは全然存在しないものになるであろうから。
 自然の中に存在するすべてのものは事物か作用かである。しかるに善及び悪は事物でも作用でもない。故に善及び悪は自然の中に存在しない。もし善及び悪が事物か作用かだとしたら、それは自らの定義を持たねばならなぬ。しかし、善及び悪は本質を離れて何らの定義されえないからである。
バールーフ・デ・スピノザ「神・人間及び人間の幸福に関する短論文」


2017年4月13日木曜日

死と共に神に属する魂は天に戻り全ての肉体は消滅する。

 わたしは、魂は肉体と同時に滅び、死と共に全てが消滅する、というようなことを最近説き始めた連中には同意しないからな。わしには昔の人々の影響が強いのだ。それは死者にあれほどの聖なる権利を与えた先祖たちとかー死者にはそんなものは無関係だと考えたなら、先祖もきっとそうはしなかっただろうがー、かつてこの地に住み、今はなくなったが当時は栄えていたマグナ・グラエキアの人々に制度や訓言を教えた人々とか、アポローンの神託で最高の賢者と判定された彼の人とかだ。この人は時によってああも言えばこうみ言うことが多かったが、そうはせずに常に同じことを述べたのは、人間の魂は神に属するもので、肉体を離れるや天に戻ることになっている、そして心正しく秀れた人であればあるほど天への帰還は容易である、ということであった。
 秀れた人であればあるほど、死んだ時その魂は容易に、肉体といういわば獄のいましめから飛び去るものであるなら、神々の許に到る道がスキーピオーほど容易であった人が考えられようか。それだから、彼に起こったことを悲しむのは、友人のすることというよりむしろ焼き餅やきのすることではないかと思う。
 他方もし、魂の死と肉体の死は同じもので、後には何の感覚も残らない、というのがより真実に近いなら、死には何の善きこともないのと同様、何ら悪しきことがないのも確かだ。なぜなら、感覚がなくなれば、そもそも生まれなかったのと同じことになるわけだから。実際は、彼が生まれたことを嬉しく思うわれわれがいるし、この国も存在する限り喜びとするであろう。
マルクス・トゥッリウス・キケロー「友情について」

2017年4月11日火曜日

殉教者が不屈であればあるほど迫害者も残虐の度を増す

  サン・パウロの寺のそばから馬車に乗ってローマの郊外をぽかぽかと走らせ、ドミチリアのカタコンベという古い墓を見に行った。この前おおぜいで見たカリストのカタコンベの近くで、地上は牧場になっている丘であるが、地下に狭いトンネルを作って、その左右に墓穴がある。古代のローマの貧民が、地上に墓地が買えないため、地下の穴を墓地にしたのだという。『クォ・ヴィディス』でよく知られているように、初期のキリスト教徒はそこを集会場などに使った。秘密結社の運動に加わることを「地下にもぐる」と言い現すのは、ここから始まったことである。初期キリスト教時代の壁画や石棺類が残っている。

 この前にもちょっと書いたが、地上には平和なのどかな牧場があるのに、そのすぐ下の地画の中にこういう陰惨なものがあるのは、よほど妙な気持ちのものである。ローマ時代の貧富の階級の距たりや、初期キリスト教の殉職的な戦いなどが、いかに深刻なものであったかをつくづく思わせる。日本人などは、未来は知らないが、これまでにこれほど深刻な人間の争いは経験しなかったように思わせる。武家階級ができて以来、ずいぶん戦争は多いが、しかしそれらは、ギリシアの古代のように、何となく競技的性格を持ったものである。

 ただ一つ比較できるのは、キリスタン迫害であろう。ローマではキリスト教徒を数珠つなぎにして猛獣に食わせるというような残虐な迫害をやったというが、日本ではそれほどでなくとも相当残虐な手を使っている。殉教者が不屈であればあるほど迫害者も残虐の度を増すのである。しかし日本では、ローマのように地下にもぐることができなかった。日本の土地は湿気が多くて到底地下の住居を許さないのである。はなはだ比喩的になるが、日本の湿やかさは人間の争いを深刻ならしめない。 

和辻 哲郎「イタリア古寺巡礼」

2017年4月9日日曜日

生活要約の変化が独立性の消失や変異の唯一の原因ではない。

 これまで確実に知られていることは、多くの観賞花卉の花の色は、非常に変わり易い形質であるということに止まっていた。諸種の花卉は、栽培すると、その安定性が高度に乱されることになり、或はそれが全然破られてしまうという意見を発表した人達はしばしばあった。そして栽培植物の発達は、全く規則に当てはまらぬもの、偶然なものであるとするのが、大部分の傾向である。それで不安定的なものの見本として、観賞用花卉のはなの色が、よく引き合いに出されている。しかし、唯単に庭の土に植えるということだけで、如何にして、植物体に、それほど徹底的な、永続的な変革が起こるものであるかということは理解すべくもないのである。
 自然のままに生えている植物の発育が、庭園に植えられたものとは違った法則に支配されるものであるということを真面目に主張する人は、よもやありはすまい。これら両者のいずれにあっても、ある種のために生活要約が変わり、その植物にその新しい要約に応じて応化する性能があれば、必ず一定の変化が起こるはずである。栽培によって、新しい変わりものの発達が助成され、自然の状態にあっては、仮令形成されても、消失してしまうような変化でも、人手の力によれば、保存されることがあるのは勿論認められる。
 しかしながら、庭に植えるということが、変わりものを作る傾向を非常に強くして、それがために、植物の種がすなわちその独立性を失い、その子孫に高度の変更性をもつものが限りなく出て来るという想定は、正しいとするわけにはいかない。もしも生活要約の変わることが変異の唯一の原因であるとすれば、幾百年もの間、ほとんど同一なる要約のもとに育てられて来た栽培植物は、また再びその独立性を回復していると考えるべきである。実際は左様ではないことは、周知の通りであってそれらのうちには、種々様々であるばかりでなく、この上もなく変わりやすいものが見られるのである。
グレゴール・ヨハン・メンデル「雑種植物の研究」

2017年4月8日土曜日

理論的にならないで虚偽を意とせざるがために社会全般に弊害がかもされる

 日本は論理の進まなかった国であり、哲学は独創の体系を作らずして実地に活用することを尊び、すべのものが理論的にならないで運用することに長じたものであって、数学もまたその数に漏れず、理論的に発達したというよりも、芸術化されて問題の処理などが進んだのであるが、武士は算盤を手にすることを恥じたほどで、数学は卑しまれつつ発達したのであった。数学が尊ばれ、数学が重んぜられた、というようなことはほとんどないのである。数学のために多少地位を得た人や、多少待遇を進められた人などが、絶無ではないが、概して数学者は貧苦に甘んじて、世の軽蔑を意とせず、一心にこれが開拓を楽しんだのであった。
 この事情はけだし和算においてだけのことではない。日本ではいったいに知識や学問を楽しむという美風はあるが、これを尊ぶの精神はすこぶる欠如しているのではないかと思われる。明治大正時代になってもその風は決して改まらぬ。これについては特に一遍の文を起草している。
 和算家の間にかくも実際の作者と一致せざるものが多かったのは、明治大正時代に無名の書生の著訳が老大家の名義で出版される風のあったことと同じである。いずれも主として経済上の事情から来ているが、要するに虚偽を意とせざるの風あることをまぬがれぬ。最も論理的でまた最も正直であるべきはずの数学者ですらそうなのだから、他は推して知るべきである。和算家自身すでにあんな虚偽になれているほどで、知識の重んじることを知らないのであって、和算の重んぜられなかったのもままことにやむを得ないのである。日本人のこの性格は淵源するところ深く、近くは文相二枚舌事件の起こったのも偶然ではなく、虚偽を意とせざるがために社会全般にわたって多くの弊害がかもされている。和算家の間にあんな風の行われたのはただその一つの発現であったと見るべきである。
三上 義夫「文化史上より見たる日本の数学」

2017年4月6日木曜日

敵対する異教徒たちを救世主が聖別する

  赦された二人は仲間の所に行って、最高法院の大祭司連や長老たちが言ったことを報告した。聞くと彼等は一せいに、神に向かって声をはりあげて祈った。「主よ、"あなたは、天と地と海とそれらの中の一切の物をお造りになりました。" あなたはわたし達の先祖、あなたの下僕ダビデの口をもって、聖霊により、こう言われました。
 "なにゆえ異教徒たちは騒ぎたち
    民どもは空しいことをたくらむのか。
  地上の王たちは勢ぞろいし
   主権者たちは一緒に集まって
  主とその油注がれた救世主とに反抗する。"
 そして、この予言は成就しました。実際ヘロデ王と総督ポンテオ・ピラトとは"異教人らや"イスラエルの"民ども"と共に、"あなたに油を注がれて救世主として聖別された"あなたの聖なる下僕イエスに敵対してこのエルサレムの都に"集まり"あなたの力強い御心をもって実現しようとあらかじめ定められていたことを、なしとげられたからです。
 だから、今、主よ、彼等理のわたし達に対するおどかしをよく御覧ください。御手をのばして、あなたの聖なる下僕イエスの名のゆえに、癒しや徴や不思議なことを行わせてください。」こう彼らが祈りおわると、たちまち集まっていた所が揺れ、だれもかれも聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語った。
(ペテロ・パウロ)「新約聖書 使徒のはたらき」


  

2017年4月4日火曜日

優秀強力な言語は異なる言語を同化吸収し広範囲に同一言語を普及せしめる

 ある言語が広い地域にわたって話される時には、言語の変化は地方によって独自の過程を取りやすい。特に地方間の交流が少ない場合には個別的変化は著しい。かくして知らず識らずの間に言語の分化が行われる。分化による差が次第に大きくなつて、相互の理解を許さざるに至ると、かつては同一の言語の方言であったものももはや同じ言語とは認められず、かくして生じたおのおのの方言はまったく別個の過程を辿るようになる。
 分化に対してはそれに拮抗する力が働いている。共通の文化、政治的中心、文学等は分化に対して大きな力をもって対抗する。また分化によって生じたすべての方言ががおのおの独立の言語となるものではない。また文化的・政治的に優秀強力な言語は逆に多くの異なる言語を同化吸収して広い範囲に同一の言語を普及せしめる。言語にはかくのごとく常に個別化と平均化の力が拮抗して働いていて、言語の無限の分化を防いでいるのである。
 言語分化の代表的な例の一つは言語の所有者の移動によるものである。民族の移動そのものは言語変化の直接の原因ではないが、隔離せられた同一言語の所有者が異る環境において異る環境において異なる言語変化の過程を辿りやすいことは当然であって、両者の差は次第に大となり、ついに相互間の理解を許さなくなり、異なる言語となる。
 例えば往古において印欧語民族はしばしば大移動を行ったが、これが印欧語族分裂の一つの素因となったことはあらそえない。この民族の原住地がどこにあったのか不明であるが、歴史時代の黎明期、すなわち紀元前1000年の頃には彼らはすでに東はインドから西は欧州の西端にまで拡がり、彼らの間に多くの異民族が存在していた事実は、彼らが有史以前にすでに大移動をなし、広い地域に分散していたことを示している。歴史時代においてもケルト族やゲルマン民族の大移動があり、特にゲルマン民族の移動による分散とそれに伴う言語変化と分化の跡は文献的にも辿ることができる。
高津 春繁「比較言語学入門」

2017年3月30日木曜日

民衆とは選挙を多数者に従って下す判断の結果となる

 何よりも最も大切なことは、我々は牧畜の群れのように、前を進む群のあとを追うべきではないということである。ー 進まなければならぬ途をたどることにはならず、単に皆の行く方向をたどるに過ぎないのだから。ところで、多数者の賛同に迎えられていることを最良のことと考え、流言に賛同することほど、また多くの人々の例にならい、我々が理性に従って生活することなく、人の真似をして生活することほど、我々を大きな禍に巻き込むことはない。
 人が倒れると上から上へとかさなって、それこそ大きな転倒者のやまが出来るのだ。民衆が押し合って、誰かが倒れると必ず他の人をも自分と一緒に引き倒さないではおかず、最初の者は次に続く人々にも破滅を至らすことになる。ーこの人間の甚大な数がうち倒れる時に起こるのと丁度同じことが、人生の至るところに起こるのがみうけられるであろう。一人が誤れば、自分ひとりだけではすまない。他の人を誤らしめる原因ともなり、また誘因者ともなる。即ち、先に進む人々に執着するということは害となるからであり、また誰もかもみな自分の判断を下すことなく、常に盲信するばかりで、手から手に移し渡される誤ちの為に我々は翻弄され、打ち倒されてしまうからである。我々は人真似によって失敗している。ただ人の仲間から離れさえすれば、安全になれる。
 事実、民衆とはおのれ自身の害悪をかばい、理性に反する態度をとるものである。これは選挙の場合におこる。即ち、気紛れなひいき心が動き回って、自分の投票した人物が、法務官に当選したからとて、投票者当人が驚いたりする。同じ物事を我々は是認したり、また非難したりする。多数者に従って下す判断は、すべてかくの如き結果となるものである。
ルキウス・アンナエウス・セネカ「幸福なる生活について」



2017年3月28日火曜日

世界平和は東西両洋の相互敬意に見出す

 世界の平和は東西両洋の相互敬意に見出さねばならない。世界を一色にする事で平和を得ようとしても無理であろう。自然が遠い歴史が違うからである。東を西に化してしまうことで、平和が来るのではない。むしろ東と西に別れていることに特別な意義を見出すべきである。もとより別れるその事が目的ではなく、別れつつも相結ばれるところがなければならぬ。二は一のためだともいえ、一は二あってますます一の意味を深めるといえよう。それ故お互いの尊敬と理解が必要である。またお互いが自らの立場に存在理由を見出さねばならない。
 東西に別れて相争うのも、東西をなくすのも共に自然ではない。一方が一方を征服したりまた従属したりしても、問題の解決はない。やはり東は東のままで、西は西のままで、互いが尊敬し合うという事でなければならない。この尊敬こそ二であって二でないものを生み出すのである。それには東は東としての意義を、西は西のままに西に終わらないものを現すのである。今日の日本のように、過剰な西洋崇拝は、決して日本を幸福なものにしない。まして確実なものにしない。その事はやがて西洋にとっても世界にとっても不幸だといえよう。
柳 宗悦「妙好人論集ー寿岳文章編」

2017年3月26日日曜日

天地を和合させるのも敵を殺戮するのも梵である

 人々が感知する潜在力の中で、あるものはとりわけ重要である。「梵」は、あたかも虎の威力が全身にみなぎり、皮膚・爪にまで及ぶのに似て、ヴェーダ・祭式・バラモンの中に浸透する。梵はすでに最古のテクストの中で、種々の意味をもって登場し、語形を基とした語源論によって様々に解釈される。今日の辞書の中の說明はあまりにも偏り、一方すぎるか、キリスト教風、ヨーロッパ風に潤色されている。「敬虔な心情の吐露としての祈り」でも、その類でも決してない。この語について今日辿ることのできる最も古い意味は、いうまでもなく、ヴェーダの文句・讃頌・祭祀などに内在する力である。また祭祀中に発現する神秘的勢力であり、さらにヴェーダを知って、祭式執行の資格ありとされたバラモンの所有する神秘的勢力あるいは精力、バラモンとバラモン階級全体も表す。
 しかし、この解釈は、なおこの語の意味の多くを闇の中に残している。供養祭で、供祭僧が唱える祭詞・讃頌は梵である。梵は勢力を担った語であり、大詩聖が已が民族を護りうるような恵みの潜在力である。バラモンたちは神々を梵でみなぎらせ、爽快にし、悦ばせ、その力を増強する。また「呪術的」効果を目的とする祭祀で、施行者は梵を駆使し、梵によって悪人どもを撃滅する。バラモンは、自分たちの本性として、幾世紀にもわたり、自己の優勢を負うこの不思議な実在力=梵によって行動したのである。神々もまた、祭式の場としてふさわしい宇宙で梵を駆使する。インドラは梵によって再び勇気を取り戻し、別の神は梵によって魔神を切り裂く。また、ある神は梵を駆使して天地を和合させる。鏃を鋭くし勝利に導くのも、霊感と情熱を与えて生の力を増大させるのも、敵を殺戮するのも梵である。梵により、雲に隠れた太陽も見つけ出せる。梵は神々の所与であり、また神々の所造ともいわれる。
ジャン・ゴンダ「インド思想史」

2017年3月25日土曜日

戦争による死の威嚇は未来の関心を突然に失い過去を放棄する

  仮説ではありません。例外的な場合には注意が生活に対して持っていた関心を突然放棄する場合がある。そうするとたちまち魔法にかかったように過去がまた現在になる。不意に眼の前に差し迫った死の威嚇が現れて来た人々は、崖から下へ滑る登山家や水に溺れるものや首を吊ったものには、注意の急激な転換が生じることがあるようです。ー それまで未来に向けられて行動の必要に奪われていた意識の方向が変わったために、突然それらに対し関心を失うようなことが起こるようです。それだけでも十分に『忘れていた』何千という細かい事が記憶に蘇り、その人の歴史全体が眼の前に動くパノラマとなって展開するのです。
 そこで記憶は説明する必要はありません。というよりも、過去を保持してそれを現在の中に注ぎ込むことを役目とする特別な能力というものはありません。過去はひとりで、自発的に保存される。もちろん、我々が変化の不可分という、我々の最も遠い過去が我々の現在に密着していてそれと共に唯一つの同じ遮られない変化を構成するという事実に眼を閉じれば、過去は正常的には廃棄されたもので、過去の保存は何か非凡のことのように思われ、我々はそこでどうしても、後で意識に再び現れて来ることのある過去の諸部分の記録を役目とする装置を考えなければならないと信じる。しかし、我々が内生活の連続、したがってその不可分を考慮に入れれれば、説明を要するのは過去の保存ではなく、却ってその見かけの上の廃棄だということになる。我々は想起ではなく忘却を説明しなければならなくなる。
アンリ・ベルグソン「哲学入門ー変化の知覚」

2017年3月22日水曜日

戦争の監獄で生気を失い堕落に満ちて監房で息をひきとる

 監獄のなかには、収監されている人びとを見れば、その管理になんらかの誤りがあるに違いないとも誰もが確信するようなところがある。囚人の士気の痩せこけた顔つきが、ひどく惨めな境遇を無言のうちに物語るからである。入ってきたときには健康であった者の多くが、数カ月もたてば痩せ細り、生気を失った人間に変わり果ててしまう。ある者は病気になって ー すなわち「病気なのに監獄入り」という状態になって衰弱し、またある者は伝染病の熱病や天然痘に罹り、よどんだ空気のこもる監房の床で息をひきとる。これらの犠牲者が生じるのは、執政官や治安判事たちが残酷であるが故とまでは言わないにしろ、少なくとも彼らの職務怠慢に起因するものだとは言えるだろう。
 このような惨状の原因は、監獄で物資の供給か乏しく、人間が生存するための最小限度の衣食にさえこと欠くところが少なくない、というところにある。
 懲治院の囚人が強制労働を科されているのは周知の事実である。ならば、囚人たちの労働で食い扶持を賄うことはできないのか。そう問われるむきもあるかもしれないが、現実は信じがたい有様なのだ。何らかの作業を行っている、あるいは行える状態にある懲治院などはほとんど存在しない。なぜなら、囚人たちは作業のための道具も、いかなる種類の材料を持たないからである。怠惰と瀆神と堕落のなかで、彼らはいたずらに時間をすごしている。それがきわめて衝撃的な状況にまでいたっている施設も、現にわたしは目撃してきた。
 ある著書から「ここにあげた悲惨さは、監獄のなかで経験することのできる諸害悪の半分にも及ばない。監獄は、貧困と悪徳が生み出しうる種類の堕落に満ちている。すなわち、ひどい無分別がまねく恥知らずで放埒な大罪の数々、飢えへの怒り、そして絶望にみちた怨嗟といったものがある。監獄の中では、人目もないだけに、法の力も及ばない。怖れもなければ、恥じらいもない。淫らな者たちが、より慎み深い者たちの欲望に火をつける。豪胆な者たちが、臆病者たちを鍛えあげる。誰もが心の底に残った分別に逆らうことができるよう、自らを鼓舞し励ます。自分がされることを他人にもしようとし、最も悪い手合いの仲間たちから、彼らのやり方を真似ることで喝采を浴びるのである。」

ジョン・ハワード「18世紀ヨーロッパ監獄事情」

2017年3月20日月曜日

救い難き底知れなさの戦争に衝撃と気力の喪失

 時代が大きく膨れ上がったときに垣間見せる救い難き底知れなさに衝撃した人間のこころ暗さ! それに抵抗したりそれを弾劾したりする気力も挫けてしまう。私はますます自分が犬儒的にんなり、つむじが曲がってゆくのりをどうすることもできない。同じく心を動かされていても、人々と私とでは精神的風土がまるで違うのだ。人なかにいると、私はふと自分が間諜のような気がして来て、居たたまれなくなって席を立ちたくなることがある。何の共感もない。全く人とは別のことを感じ、また考えているのだから。

 こうして私は時代に対して完全に真正面からの関心を喪失してしまった。私には、時代に対する発言の大部分が、正直なところ空語、空語! としてしか感受できないのである。私はたいがいの言葉が、それが美しく立派であればあるほど、信じられなくなっている。余りに見え透いているのだ。私はそんなものこそ有害無益な「造言蜚語」だと、心の底では確信している。救いは絶対にそんな美辞麗句からは来ないと断言してよい。

 流れに抗して、溺れ死することに覚悟をひそかにきめているのである。私は欺かれたくない。また欺きたくもない。韜晦してみたところで、心を同じうする友のすがたさえもはや見別けがつかない今となっては、どうしようもない。選良も信じなければ、多数者も信じない。みんなどうかしているのだ。(あるいはこちらがどうかしているのかも知れない。)こんなに頼りにならぬ人間ばかりだとは思っていなかった。私の方が正しいとか節操があるのでは断じてない。ありのままの人間とは、だいたいそんなものかも知れないと思わぬでもない。それを愛することがどうしてもできないのだ。それと一緒になることがどうしてもできないのだ。偏狭なこの心持がますます険しくなってゆくのを、ただ手をこまねいて眺めているばかりである。

林達夫「歴史の暮方ー時代と文学・哲学 (1940-42年執筆・1946年刊行)

『林達夫評論集』」

   

2017年3月18日土曜日

戦争の歴史叙述は敵対国民が敵の上に増悪の焔を投げつける愛国的歴史

 想定を変えることなしに如何にして文献的歴史の冷めたい無関心と内的な不確実さとは救済され得るのであるか、という問題に移る。そしてこの問題はそれ自身が偽りであるが故に、ただ偽れる解決が与えられるだけである。そしてこの解決とは、思想の関心の欠陥をば感情のそれをもって代え、ここに達することのできない叙述の論理的連関の欠陥をば感情のそれをもって代え、ここに達することのできない叙述の論理的連関の欠陥をば審美的連関をもって補おうとすることである。この道によって得られる新たな誤れる歴史形式がすなわち詩的歴史である。
 この種の歴史叙述の多くの実例は、敬愛された人物についての感激にみちた伝記、増悪された人物についての風刺に埋まった伝記、などにおいて見られる。その他、著者自身の属しまたは同情を寄せる国民の成功を賛美し、その失敗を嘆惜し、その敵対国民、かれ自身の敵の上に増悪の焔を投げつける愛国的歴史、自由主義または人道主義の理想をもって飾られた世界史、あるいはまた、一社会主義が(マルクスの言葉でしたがうならば) 「悲しき姿の騎士」の、いいかえれば資本家の雄業を描きつつ編述した世界史、さらにおよそ人間の不幸と罪悪のとの間にユダヤ人を見、人間の幸福と光栄とのあるところには必ずユダヤ人の追放を見いだす反セミ種族論者の世界史、これらはいずれもこの例である。
 もとより詩的歴史はこの愛と憎と(愛である憎の、また憎である愛の)というこの根本的なまた一般的な二音調に盡きるわけではない。それは最も複雑した形式と最も繊細な感情の差等のすべてを貫き移る。かくして、愛にみち、また憂鬱にふけり、憧れにみち、悲しみ嘆き、諦めの眼を閉じ、信頼にみち、喜ばしげな、その他およそ想像することのできるすべての種族の詩的歴史をわれわれをもつ。
ベネデト・クロォチェ「歴史の理論と歴史」


2017年3月16日木曜日

精神的な共同が貶められて使役され陰惨な奴隷となる戦争の境遇

 よりよい世界に属するものが陰惨な奴隷の境遇に歎息している。精神的な共同のために存するものが貶められて、地上の共同のために使役されている。地上の共同のために有益なものは、精神にとっては制限を加えるものであり、内的生活にとっては危害を与えるものである。もし友人が盟約の手を差し伸べたならば、各人ず別々にやる場合よりもいっそう大きな仕事がそこから生じるはずである。各人はそれぞれ他人を自由にその精神の赴くがままに振る舞わしめ、また自分の思想を他人と擦り替えたりはしないで、他人に欠けているものがあればそれを補ってやるべきである。そうすれば、各人は他人のうちに生命と滋養とを見いだし、各人はそれぞれ自己のなりうるものになりおおせるであろう。
 ところが、世間では反対にどういう風にやっているか。人は地上の仕事のために他人の指図を待ち、自分の幸福を犠牲にすることを厭わない。識見と世故とを頒ち与え、優しく苦痛を共にしてそれを和らげてやるのが最上のことである。それにしても、友情のうちには常に相手の内的本質に対する敵意が潜んでいる。彼らは友人の欠点をその本質から取り除こうとする。そして自分たちにおいて欠点であるものは、その友人においてもまた欠点であると思っている。このようにして、各人は他人のために自分の特性を捧げなければならず、その挙句は互いに等しくない両者が互いに似寄ったものになる。もっともこれは、頑固な意志が破滅を抑止して、にせ物の友情が不和と和合との間に長く患うとか、または突然に破綻するとかいうことがない場合のことである。
 軟弱な心情の所有者にとっては、友情に附きまとわれるというのは破滅である! 気の毒な人は新しく力強い生活を夢見る。彼は甘い伝達のうちに過ぎ去っていく美しい時の数々を楽しんでいる。そして、空想せられた安逸のうちでどのように精神が自らを費いはたし罪を負うて、ついにはその内的生命があらゆる方面から不具にせられ圧迫せられ、失われていくのに気がつかない。このよにして、よりよき人たちの多くは、自分の本質の大略をもまだほとんど知らないうちに、友人の手によって刈り込まれ、わがものならぬ附加物に附きまとわれつつ徘徊するのである。
フリードリヒ・シュライエルマッハー「独白」

2017年3月13日月曜日

戦争と平和の歴史はそれをいだいている観念と最も密接に関連して物語る

 歴史は如何なる対象についてであれ、偏見なく、特殊な興味や特殊な目的を持ち込むことをせずに、事実を物語るべきだとせられるが、この要求は正当と見られねばならない。ところが我々は、このような定まり文句でもって、どこまでも押し通すわけにはいかない。というのは、或る対象の歴史は人々がその対象についていだいている観念と最も密接に関連するものだからである。即ち、その観念に従って、その対象にとって何が重要であり、何が合目的と考えられるかは、すでに定まっている。従って出来事のその目的に対する関係が、物語られる事件の選択、事件の捉え方、事件を見る観点を定めるのである。それ故に人々がもつ国家とは何かというそれぞれの観念から見るとき、或る国の政治史の読者は自分の求める何ものをもその中に見出さないということもありうる。しかも、このことは哲学史に一層ありうることである。即ち哲学史の叙述は、他のものはすべてその中に見出されると考えられるのに、我々が哲学と考えているものだけはないということを実証するものとも言うことができるかもしれない。
 他の歴史にあっては、その対象についての概念は、少なくともその主要規定から言って、ーその対象が特定の国であれ、或いは人類一般であれ、或いは数学、物理学などの科学であれ、また芸術、絵画などであれー明瞭である。ところが哲学なる学問においては、その概念に関して、即ちそれが何をなすべきか、また何をなしうるかに関して真先に見解が区々に分かれる。この点で哲学は他の諸科学に比べて異なるもの、いわば短所をもつ。この第一の前提、即ち歴史の対象についての観念が確定したものでないとすれば、必然的に歴史そのものまた一般に動揺するものとならざるをえないであろう。従って、それが特定の観念を前提する場合のみ、ともかくも安定したものとなるではあろう。しかし、その場合には、その対象のいろいろ異なった観念がある以上、当然に一面性という非難は免れえないはずである。
ゲオルク・ヴィルヘルム・ヘーゲル「哲学史序論ー哲学と哲学史」

2017年3月11日土曜日

異心有りて諸侯四方に割拠し内乱し各権を争わん、天下の勢は必ず弊せん

 啓幹(新島 襄)慎んで書を呈す。この頃四方の風談を聞くに、天下大乱有らんことを恐る。この頃亜夷(アメリカ)しばしば来たりて交易を請うも、天下の評議、粉々としてさらに決せず。
 今ここに二人有らんか、一人は曰く「交易は四海を一にし、人民を安ずるならん」と。また一人は曰く「亜夷は地広く、日本は地狭し。狭土の物をもって広土の物を易うれば、往々にして狭土の物は尽きん。かくのごとくんば日本の利物は少なくして、彼の鈍物日本に満ちん。利物少なくして鈍物多ければ、天下は共に乏し。今もし日本彼の物を取り、日本の物与えんか、所謂芳香な薬を棄ててふんころがしを取るがこどきなり。今誤って交易をなさば、彼れ尽く日本の利物を取り、日本をして彼の純物を満たしめん。もしかのごとくんば、すなわち諸侯は参内するために羅紗を衣んか、酒店は酒に入るるに金剛砂を用いんか。ああ、かくのごとくんば何ぞ夷狄と異ならんや。これ匹夫といえども歯切すべき事なり。今早くなさざるのところ、後に臍を噛むを恐る」と。
 これこの二人異心有り、況んや幾万人においてをや。ゆえに内乱有らんことを恐る。もし諸侯四方に割拠して各権を争わんか、天下の勢必ず弊せん。亜夷必ずやまさに諸種攻め来らん。
 かくのごとくんば僕、書を学ぶことを能わず。しかれども今幸いにして乱未だ起こらず。今にして学ばずんば時を失わんことを恐る。ゆえに儒家に託して書を学ばんことを欲す。しかれども未だ俸を受けず。無俸にして儒家に託すること能わず。ゆえに迷惑なすところを知らざるも、願わくば君、幹が父に手書を贈り、幹をして書を学ばしめよ。その詞願はこの書のごとし。「この頃亜夷しばしば来たりて交易を請う。日本の騒動紛然として、まさに乱有らんとす。もし乱に及べば、敬幹は書を学ぶことを能わず。今にして学ばずんば時を失わんことを恐る。宜しく敬幹をして入塾し、朧目を開かしめよ」と。これ僕の赤心をもって願うところなり。
1858年8月上旬           敬幹(新島 襄) 再拝再拝
新島 襄「尾崎 直紀宛 『新島 襄の手紙』

2017年3月10日金曜日

知的偏愛を抱く生存の苛酷なもの・戦慄的なもの・邪悪なもの・問題的なもの

 生存の価値についての大きな疑問符がどこにつけられていたか、見当がつくだろう。ペシミズムといえば、これはかならず下降の徴候ときまっているだろうか? ペシミズムはいやでも頽廃と出来損いのしるし、疲れはてて弱体化した本能のしるしときめてかからねばならぬだろうか? われわれ「近代」人、ヨーロッパ人の場合もおそらくはそうなのだが。強さのペシミズムというものがあるのではないか?
 生存の苛酷なもの・戦慄的なもの・邪悪なもの・問題的なものに知的偏愛をいだくということが幸福やあふれるばかりの健康、生存の充実からくる場合があるのではないか? 過剰そのものに悩むということが、ひょっとしたらあるのではなかろうか? きわめてするどい眼差しが、自分から恐ろしいものを求めるといった、当って砕けろ式な勇敢さをそなえている場合が、ひょっとしたらあるのではなかろうか?
 それは自分から敵を求めるのと同じではないか? 自分の力をためすことのできるような互角の敵、その相手によって「恐れる」とはどういうことかなのか、学び知ろうとするような勇敢さがあるのではなかろうか? ほかでもない一番いい時代のギリシア人、最も強く、最も勇敢だった時代のギリシア人において、悲劇的神話の意味するところは何であるのか? それから、ディオニュソス的なものという怪異な現象は何を意味するのか? ディオニュソス的なものから生まれた悲劇の意味するところは何か?
 さらにまた、悲劇のいのち取りとなったもの、道徳のソクラテス主義、理論的人間の弁証法と満足と明朗さは何を意味するのか? ほかならぬ、このソクラテス主義こそ、下降・疲労・疾患の徴候、無秩序に解体してゆく本能のしるしでありうるのではないか? また、後期ギリシア精神のいわゆる「ギリシア的明朗さ」は、ただ夕焼けにすぎないのではないか?

フリードリヒ・ニーチェ「悲劇の誕生」

2017年3月9日木曜日

戦争とは自ら択ぶ罪悪と死の普遍的必然性

  普遍的意思と人間のうちの特殊意志との結合は、既にそれ自体において一つの矛盾であり、その矛盾を合一することは不可能でないまでも困難であるように思われる。生そのものの不安が人間を駆って、彼がそのうちへ創り出されたその中心を去らしめる。なんとなれば、すべての意志の最も純粋な本質であるこの中心は、あらゆる特殊的意志にとっては、焼き滅ぼそうとする火である。そのうちに生き得るためには、人間はすべて我性に死なねばならぬ。であるから、この中心から周辺へ歩み出で、かくしてそこに自己の我性の安らいを求めようとすることは必然的な企てである。ここからして罪悪と死との普遍的必然性も出ていた。その際、死とは浄化されるためにすべての人間的意志が通らねばならぬ火としての、我性の実際の死滅なのである。しかもかかる普遍的必然性にもかかわらず、悪はあくまでも人間みずからが進んで択ぶものである。根底が悪そのものに成ることはできない。各々の被造物は彼みずからの咎によって堕落するのである。しかし、しからばいかにして個々の人間のうちで悪または善への決定が行われるか。このことは全く不明のうちに包まれており、そして一つの特別な研究を要求するように思われる。
フリードリヒ・シェリング「人間的自由の本質」

2017年3月6日月曜日

戦争の結果として社会の道徳的・知識的水準をいちじるしく低めずにはおれなかった。

 ニコライ一世治世の初頭は1825年12月24日の破局によって有名である(デカブリストの乱の鎮圧: 青年将校による皇帝の専制への反乱の鎮圧)。そしてこのことは、わが「社会」の将来の発展行程にたいしてと同様に、プーシキン(ロシアの国民的文学者)の個人的運命にも大きな影響をもたらした。「デカブリスト」の敗北とともに、当時の「社会」におけるもっとも教養のある前衛的代表者が舞台を去っていった。それはその結果として社会の道徳的・知識的水準をいちじるしく低めずにはおかなかった。「私はひじょうに若かったにもかかわらず」とゲルチェンは書いている。「しかも私はニコライ治世とともに上層階級がいかにいちじるしく頽廃し、腐敗し、盲従的になったかをおぼえている。アレクサンドル時代における貴族的独立、近衛隊的剛毅は、1826年とともに跡形もなく消え去ってしました。」敏感で賢明な人にとってはこのような社会に生活することが苦しかった。「周囲は藪、沈黙」そのおなじゲルチェン(ロシアの哲学者)が他の論文のなかに書いている。「すべては答えなく、人気なく、希望なく、その上極端ににぶく、おろかしく、小さかった。同志をもとめる視線は、従僕の威嚇でなければ驚愕によって迎えられ、人びとは彼から身をそむけるか、彼をはずかしめた。」詩『賤民』および『詩人に』を書いた時代のプーシキンの手紙のなかには、わが国の二つの首都の倦怠と卑俗さにたいする不平がたえず聞かれる。しかし、彼はたんに彼を取りまく社会の卑俗さになやんでいただけではない。「支配層」に対する彼の関係もまた、彼の血を毒することひじょうに大きかった。

 わが国には、1926年ニコライ一世が、ありがたくもプーシキンの政治上の「若気の過失」を「ゆるしたまい」、その寛大な保護者にさえなったという、実に感動すべき伝説がひろまっている。しかし事実はぜんぜんそうではなかった。ニコライ一世とこの種の仕事における彼の右腕であった憲兵隊長ア・ハ・ベンケンドルフは、なにもプーシキンを「ゆるし」たのではなく、またその「保護」というのは、彼にとって耐え難い屈辱の連続にほかならなかった。プーシキンは私と会いました後、イギリス・クラブで、陛下について喜びをもって語り、彼と一緒に食事をしていたものに、陛下のご健康のため乾杯すべく強制しました。ともかく彼はほんとうの阿呆者ですが、彼の筆と言葉とをみちびくことに成功しますれば、それは利益でございます。」この最後の言葉はわれわれの前に、プーシキンになされた「保護」の秘密をひらいてみせる。ゲオルギー・プレハーノフ「芸術と社会」

2017年3月4日土曜日

自らの愚行の報いを生命を以てつぐなった戦争の例ははなはだ多い

 世間の人々の追求しているすべてのものは、単に我々の生存の維持にたいして何らの対薬をもたないばかりか、かえってその害になっている。すなわちそれらのものは、これを所有している人々にとってはしばしば滅亡の原因となり、逆にそれに所有されている(とりつかれている)人々にとっては常に滅亡の原因となっているのである。
 実際、その富の故に、死ぬほどの迫害を受けた人々の例や、財を手に入れるために、数々の危険に身をさらして、ついに自らの愚行の報いを生命を以てつぐなった人々の例ははなはだ多い。また名誉を獲得あるいは維持するために、悲惨な苦しみをこうむった人々の例もこれに劣らない。最後に、過度の快楽のために自らの死を早めた人々の例は数限りがない。
 ところでこうしたわざさわいは、私には、次の事実から、すなわち、すべての幸福あるいは不幸はただ我々の愛着する対象の性質にのみ依存するという事実から生じるように思われた。全くのところ、愛さないもののためには決して争いも起こらないであろう。それが滅びたからとて悲しみもわくまいし、他人に所有されたからといって嫉妬も起こるまいし、何らの恐れ、何らの憎しみ、一言でいえば何らかの心の動揺も生じないであろう。実にこれらすべてのことは、我々がこれまで語ってきた一切のもののような、滅ぶべき事物を愛するときに起こるのである。
 しかるに永遠無限なるものに対する愛は、純な喜びをもって精神をはぐくむ、そしてそれはあらゆる悲しみから離絶している。これこそ極めて望ましいものであり、且つすべての力をあげて求むべきものである。しかし私が、ただ真剣に思量し得る限りという言葉を用いたのは理由のないことではなかった。なぜなら、以上のことを精神でははなはだ明瞭に知覚しながらも、私はしかしだからといって所有欲・官能欲および名誉欲から全く抜け切るというわけにはゆかなかったからである。

バールーフ・デ・スピノザ「知性改善論」

2017年3月1日水曜日

顔を見せず、よく妖をもって大衆を惑わし、歴年に互いに攻伐する

 倭は韓の東南大海の中にあり、山島によって居をなしている。およそ百余国ある。武帝が韓を滅ぼしてから、使節の漢に通じるものは三十ばかりの国である。
 国は、みな王を称し、世々、統を伝える。その大倭王は邪馬台国におる。楽浪郡の境は、この国を去ること一万二千里、その西北の拘邪韓国を去ること七千余里。その地は、おおむね会稽の福建の東にあり、朱崖・たん耳とたがいに近い。故にその法俗は多く同じである。
 人が死ぬと、喪に復するのを停めて仕事に従うこと十余日、家人は泣き叫び、酒食を進めない。そして親類・友人・縁者たちは、喪にことよせて歌舞し楽をなす。骨を灼いてトし、それで吉凶を決める。行来・渡海には、一人をして髪をくしけずったり沐浴したりせず、肉を食べず、婦人を近づけないようにし、名づけて持衰という。もし旅行中の道中が吉利ならば、そのときは財物を雇するが、もし疾病や害に遭えば、持衰を謹しまなかったとして共にこれを殺す。
 桓・霊の間、倭国が大いに乱れ、かわるがわる互いに攻伐し、歴年、主がいなかった。一女子がおり、名を卑弥呼といった。年が長じても嫁にゆかず、鬼神の道につかえ、よく妖をもって大衆を惑わした。そこで共に立てて王とした。侍婢は千人。顔を見るような者も少ない。ただ、男一人がおり、飲食を給し、辞語を伝え、居処・宮室・楼閣・城柵など、みな兵器をもって守護し、法俗は厳峻である。
「後漢書倭伝」
『魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝、隋書倭国伝』

2017年2月27日月曜日

戦争と平和は絶えず刺激なければ心と記憶は薄れてしまう

 卓越した能力をみった人びとの立派な行いが妬みによって傷つけられないように、また、不滅の価値をもったその名が忘却にさらされないように、努めている人びとがいます。かれらの企ては、ひとなみすぐれた、教養高きひとにふさわしいものです。卓越した人びとのイメージを後世に伝えるものに、大理石に刻んだり青銅で鋳造したりした小像があります。足を踏まえて立ち、あるいは、馬にまたがった鋳像があります。ある詩人がうたっているように、星にもとどかんばかりの巨額の富を投じた石柱やピラミッドがあります。最後に、後世の人びとが永遠に語りつぐであろうひとの名を冠した都市があります。じっさい、人の心の常として、物であらわしたイメージによって絶えず刺激されなければ、どんな記憶もたちまちうすれてしまうものです。
 しかし、大理石や金属よりいっそう確実で永続性を求めるひとは、詩神の保護の下に、つまり、不朽の文学作品に、偉大な人びとの名声を託します。ところで、人間の英知はこの地上に満足しきって、あえてそれを超えようとはしなかったと、どうしていえましょうか? それどころか、英知は人工的な記念物が暴力や自然の怒りや歳月によって、ついには破壊されることを十分に理解し見抜きます。そして、貪欲な時や嫉妬深い歳月をどうすることもできない、もっと滅びにくい記念物を考えだしました。こうして、天空に目をうつし、永遠に記憶されるきわめて明るい星の天球に、偉大な人びとの名をつけました。その名は、輝かしい崇高な行いによって、その星とともに永遠の生命をうけるに値する、とみなされたからです。こうすることによって、星がその名でよばれるようになったユピテル(木星)、マルス(火星)、メルクリウス(水星)、ヘルクレス(星座名)、その他の英雄たちの名声は、その星が輝きを失うまでは、決してうすれることはないでしょう。しかし、人間の英知のこの創意は、もっと高貴な讃えるべき行為であるのに数世紀のあいだ廃れていました。ところがいまや古代の英雄たちは栄光の座につき、ようやくその権利を回復するに至っています。
ガレリオ・ガルレイ「星界の報告」


2017年2月24日金曜日

歴史は諸々の武器や道具の過程の跡をたどる

  歴史が力動的なもの、運動的なものと考えられる場合には、その経済的・産業的側面が協調される。経済的・産業的側面とは、人類が不断にとりくんでいる問題、すなわちいかに生活すべきか、自然をして人間生活の豊富化に貢献せしめるようにするには自然をどのように駆使し利用すべきかという問題をいいあらわす専門的な用語にほかならない。文明における諸々の偉大な進歩は、人間をその不安な自然への服従から引き上げ、いかにして人間が自然の力を人間自身の目的に協力せしめることができるかを人間にしめしたところの知性の発現をとおしてもたらされたものである。子どもが現在そのなかに生活している社会的な世界はあまりにも豊富であり潤沢であるから、それがどれだけ値打ちのあるものか、その背後にどれだけの努力と思考がよこたわっているものかを看取することは容易ではない。人類はいまやお膳立てをされた巨大な支度をもっている。子どもはこれらのすでに出来上がっている資産を流動的な形に置きかえるようにみちびかれることができる。子どもは、受け継がれた資本をもたずに、道具をもたずに、加工された材料をもたずに、自然とじかに向き合った人間を直視するように導かれることができる。
 かくして一歩一歩、子どもは人間が自己の状態の諸々の必要を認識し、これを使用することによって、それらの必要に応じることができるようになる諸々の必要を認識し、これを使用することによって、それらの必要に応じることができるようになる諸々の武器や道具を考えだした過程の跡をたどることができる。そして、いかにこれらの新しい資力が新しい発展の天地をひらき、新しい諸々の問題を生み出したかを学ぶことができる。人類の産業史は唯物論的な、すなわちたんに功利主義的なことがらではない。それは知性の問題である。産業史の記録は、いかにして人間が思考することを学び、思考して或る結果を生じせしめることを学び、生活そのものが違ったものになるようになねように生活の状態を変改することを学んだかの記録である。それはまた倫理的な記録でもある。すなわち人類がその諸々の目的に仕えるために忍耐づよくつくりだしたところの諸状態の説明書でもある。
ジョン・デューイ「学校と社会」

2017年2月22日水曜日

激しい飢餓は狂暴の嵐の中で、力の弱い者が強いものの餌食になる

  自然と真理とを研究するだけでは賢人には不足である。考えることを欲しまたできる少数の人のために、進んでこれを述べる義務がある。けだし、その他の人々、自ら進んで偏見の奴隷となっている徒輩に至っては、蛙に羽で飛ぶことができないと同様、かれらが真理に達することは不可能の業だからである。
 もっとも賢明な連中は、魂はただ信仰の光によってのみ、自らを識ることができる。しかも道理のわかった人間という資格で、精神なる言葉によって聖書がなにを意味しようとしたかをしらべてみる権利は、これを留保しうると信じたのである。聖書は、人間の魂を語る際に、この言葉を用いている。さらに神学者たちは他のすべての点に関して相互の間に果たしてこれ以上の一致を見せているであろうか。
 神なるものがあるとすれば、それは自然界の創造者であり、同じく天啓の創造者である。神は一方を說明するために、他方をわれわれに与え、さらに両方を調和させるために理性を与えたのである。生物体の中から汲みとりうる知識を信用しないことは、自然と天啓とを、相互に衝突しあう二つの相反したものとして眺めることであり、従って、神はその数多くの創造者において矛盾し、われわれを欺くものとなり、途方もないことを、大胆にも指示することになる。
 人間はきわめて複雑な機械である。一挙にしてあきらかなる観念を持つことは不可能であり、従ってこれを定義することは不可能である。獰猛性は他の原因からもきているが、教育の力を借りなければ無力にすることはできない。この獰猛性は魂の中に傲慢、憎悪、他国民への蔑視、不柔順、およびその他の感情をつくりだすが、これらのものが性格を低劣にさせるのである。激しい飢餓はじつに極端なところまでわれわれを押しやるではないか! 自分が生命を貰った生命、ないし自分が生命を与えた生命に対してさえ見さかいがつかなくなってしまい、牙をむき出してこれを引き裂き、恐ろしい饗宴を始める。人を無我夢中にするこの狂暴の嵐の中で、力の弱いものが強いものの餌食になる。
ド・ラ・メトリ著「人間機械論」

2017年2月20日月曜日

名誉欲、復讐欲、支配欲は決して完全には満たされない激情である

 ある欲望が、その対象の表象に先立って、発生するという主観的可能性が性癖である。ー欲求能力が未だ知られていないこの対象を占有するように内的に強いられることが本能である。ー主観に対して規則や習慣として役立つ感性的欲望は傾向性と称される。ーある種の選択に対して、それをすべての傾向性の総和と比較しようとする理性を妨げるところの傾向性が激情である。

 激情はきわめて冷静な反省とも結合せられて、したがって情緒の如く無思慮である必要がなく、それ故にまた狂暴でもなければ一時的なものでもなく、むしろ深く腰をすえ、理屈とすら共存しうるものであるから、自由を毀傷することが最も大であり、情緒が酩酊であるとすれば激情が疾病であることは容易に洞察できる。しかもこの疾病に向かってはいかなる治療薬も効を奏せず、したがってあらゆる一時的な精神動揺と情緒よりもはるかに悪質なものである。後者ならば少なくとも改善の決意を起させるが、激情はそのやうなものではなく、改善をすら寄せ付けない惑乱である。

 我々は激情を呼ぶのに欲という語をもってするー名誉欲、復讐欲、支配欲等々ー。したがって激情的な惚れ込みは、相手方が飽くまで拒絶の態度に執着するかぎり激情の一つに数えられる。それは、客体に関してあくまで固執する原理を含むからである。激情はいつでも、傾向性から主観に指令された目的に従って行動しようとする。主観の格率を前提している。故に激情はつねに主観の理性と結合されており、単なる動物に激情を認めえないのは、純粋な理性存在者におけると同様である。名誉欲、復讐欲等々は、決して完全には満たされないものであるから、まさしくそのため姑息薬しかない痼疾として、激情に数えられるのである。

イマヌエル・カント「人間学」

2017年2月18日土曜日

戦争の野蛮な行いを安らかな平和をもって助ける

  女神よ、永遠の魅力を、私の詩に与えたまえ。その間中、戦争の野蛮な行いを、海といわず、あらゆる陸といわず、ことごとく眠らせ、休止させたまえ。死すべき人類を、安らかな平和を以て、助けることができるのは、あなた独りだけなのだから。というのは、戦争という蛮行を支配するのは、戦に強き武神であり(軍神の別称)、しかも武神は、あなたに対する恋の永遠の深傷にうちひしがれて、ますますあなたの膝の上に、身を投げ出すのだから。それのみかなお、滑らかな首を横たえて、見上げつつ、口を開いて、女神よ、あなたを見つめつつ飢えた眼に恋の思いをむさぼらしてやり、そのあお向きになった彼の息は、あなたの口の左右するままにまかされているのだから。女神よ、あなたの神聖な体の上に横たわる武神に、上から抱いて、あなたの口から、甘い言葉を注ぎかけ、世にあまねく知れわたる女神よ、ローマ人のために、安らかな平和の来るように乞いたまえ。祖国がこのように不安定であっては(第一期三頭政治直前の不安定な社会情勢をさす)。心を平らかにして、充分に、務めをはたすことは、私にはできないし、且つまた、メンミウス家の立派な子孫にとっても、このような時局に際しては、国家の福祉のために、政務から遠ざかっていないのだから。

ティトゥス・ルクレーティウス・カルス

「物の本質について」


2017年2月16日木曜日

自らを慰め微かながら時代を憂い嘆いた市民の声

二・二六事変(1936年)
 重大なこと起れるにかかはりのなきが如く人ら往きかへるも
スペイン動乱(1936年)
 ひとつの国の民らたがひに敵となり戦はねばならぬものありといはむか
事変(1937年)
  いつの世になりたらば戦のやむならむ尽くることなきたたかひを思ふ
欧州大戦序曲(1939年)
  陥落を伝へしワルソウに女子供もあわれ銃をとり死守しいるとぞ
ノモンハン高原(1936年)
  コロンバイルに戦ひ死にし同胞の一万八千あまりかなしも
欧州大戦図(1940年)
  ほしいままなる人類の惨虐地の上にのこしてこの年五月は去りぬ
独蘇開戦(1941年)
  戦は童ら地に線描きて国取りするが如く思はゆる瞬間があり
戦う世界(1943年)
  ドイツ軍神にしあらねばスターリングラードに重囲のなかに陥りにけり
イタリア崩壊(1943年)
  いまの現にわが生きわりてまさに見るファシズム・イタリア崩壊の日
欧州上陸作戦(1944年)
  この月のかけにつつまた満ち照らむまでに戦争のやむとしいはば
焦土(1945年)
  大爆撃に一夜のうちに焼け果てし市路に立ちて声さへ出でず
暁光(1945年)
  真夜ふかく極まるときし東の暁の光のただよふにかあせし

南原 繁「歌集『形相』」







2017年2月14日火曜日

軍神は盲目により、人殺し、闘争心、敵愾心、対抗意識となる

 エロス(愛)とは対局にある軍神アレスだが、銅板に画かれているのを見たまえ。人間がこの神をいかに崇めまつっているかがわかる。しかし同時に、そのアレスは何と悪しざまに言われていることか。ソポクレスが「女たちよ、アレスは盲目ゆえに、ただやみくもに」猪にも似た顔をして、あらゆる禍をかきまわす。」といっているかと思えば、ホメロスはアレスの事を「血汐に染んだ」とか呼んでいるし、ストア派のクリュシュボスが、この神の名の由来を說明した文句などは、そのままこの神に対する非難誹謗だね。
 「アレスとは「人殺し」ということだと言い、つまりアレスというのは、吾々の内部にひそむ闘争心、論争好き、激しやすさ、そういうものを指す呼び名だと考える人々に道を開いたというわけだ。このほかにも、アプロディナとは欲望のことだと言う人もあるだろうし、ヘルメスは言論、ミュースは技芸で、アテナは智慧だという人もあるだろう。もしこんな調子で、すべての神々を片はしから、人間の感情や能力や徳性の異名だということにしてしまったら、たぶん無視論の深淵に吸い込まれていくのを見る思いがするだろう。」
 ペンプティディスが言った。「そのとおりだ。だが神々とは人間のいろいろな感情のことだとするのも、また反対に、感情が神だと考えるのも、どちらも不敬のそしりを免れない点では同じだな」父が言った。「するとどうなのかね。君はアレスは神だと信じるのか、それとも我々の感情のことだと思っているのか。」ペンプティディスが、「アレスは神で、我々の心の中の激しさや勇気を司っているのだ」と答えると、父が一段と声を張り上げて、「というとつまりなんだね、君の考えだと、闘争心や敵愾心、対抗意識などの神はあるが、愛情や協調の精神、和の精神などの神はないことになるのかな。人間が殺したり殺されたりする、剣を振い矢を放ち、あるいは城壁に押し寄せ、あるいは戦利品を奪い去る、そういう場合には、荒ぶる神だか軍神だかいうのがいて、それを見そなわし、そして判定を下すが、結婚を目指す情熱や、心を一つにし、行動をともにしたいと願う愛については、その証人となってください神もなければ、指導し案内し助けてください神様もないというわけか。」
プルタルコス「愛をめぐる対話」


2017年2月11日土曜日

血も情意も烈しい混乱が抽象的な天が具体的な仏に変化

 百済観音の像の美しさは、それだけでは明らかにならない。漢の様式の特質を中から動かして仏教美術の創作に趣かせたものは、漢人固有の情熱でも思想でもなかった。外蛮の盛んな侵入によって、血も情意も烈しい混乱に陥っていた当時の漢人は、和らぎと優しみとに対する心からの憧憬の上に、さらにかつて知らなかった新しい心情のひらめきを感じはじめていた。それは地の下からおもむろに萌え出て来る春の予感に似かよったものであった。かくしてインドや西域の文化は、ようやく漢人に咀嚼せられ始めたのである。異国情調を慕う心もそれに伴って起こった。無限の慈悲をもって衆生を抱擁する異国の神は、ついにひそやかに彼らの胸の奥に忍び込んだのであった。
 抽象的な「天」が、具体的な「仏」に変化するるその驚嘆をわれわれは百済観音から甘受するのである。人体の美しさ、慈悲の心の貴さ、ーそれを嬰児のごとく新鮮な感動によって迎えられた過渡期の人々は、人の姿における超人的存在の表現をようやく理解し得るに至った。神秘的なものをかくおのれに近いものとして感ずることは、ーしかもそれを目でもって見得るということは、ー彼らにとって、世界の光景が一変するほどの出来事であった。彼らは新しい目で人体をながめ、新しい心で人情を感じた。そこに測り難い深さが見いだされた。そこに浄土の象徴があった。そうしてその感動の結晶として、漢の様式をもってする仏像が作り出されたのである。
 百済観音がシナ人の作だというのではない、百済観音を形成している様式の意義を考えているのである。シナではそれはいくつかの様式のうちの一つであった。しかし日本へくるとこの様式がほとんど決定的な力を持っている。それほど日本人はこの様式の背後にある体験に共鳴したのである。
和辻 哲郎「古寺巡礼」

2017年2月10日金曜日

歴史的戦争は両国民性の特有の相違により異なる

  もちろん歴史は種々なる原因の相働く跡をのぼるものと考えることができるであう。しかしかくその跡をのぼるというのは、単にのぼる為にのぼるのではなくして、これによってその事件の個性を現すためではなかろうか。例えば、ここに二人の人物があって、その一人は強き性格を備え常に周囲を支配し、他の一人は弱気性格を備え、常に周囲から支配されるるとせよ。歴史家はこれらの人の事蹟を単にいわゆる強き原因に従って無意義に羅列するであろうか。強き人は強くして他を支配する所に、弱き人は弱くして他から支配せられる所に、各人特有の個性を表そうとするのではなかろうか。
 例えば、ある歴史家がフランス革命の事蹟及び原因をあきらかにしたとせよ。ドイツにおいて同一の事情が及び原因があったとしても、ドイツにおいてはフランスの如き性質の革命は起こらなかったかも知れない。これは両国民性の相違によると見るべきであろう。同一の原因であっても、ある国民にはある事件の原因となるが、ある国民においてはその原因とならぬということとなる。すなわち歴史的効力というのも国民性によって異なってくるといわねばなるまい。
 歴史的効力によってある事件の原因をあきらかにするということと、国民性の理解という如きことと相離すことはできないであろう。歴史において原因結果を明らかにするのは、自然科学においてのように因果関係を明らかにするのではない。因果関係を明らかにうることによって個性を明らかにするのである。ことごとく歴史においては個性が明らかにすることによって個性を明らかにするといえば、そこに論理の循環があると考える人も人もあろう。もちろん歴史家もある一事件の因果関係を明らかにしない前に、その個性を明らかにできるはずはない。ただその因果関係を明らかにするのは、因果関係のためにこれを明らかにするのではなく、個性を明らかにする為であるというのである。
西田 幾太郎「思索と体験」

2017年2月8日水曜日

世界宗教は世界大戦の軍隊の心術と前哨

 深い真理は尊大な態度で立ち現れない。いわんや重苦しい屈辱がわれわれ海外で福音を宣べ伝えているもの一同を待ち受けているにおいてをやである。『どこにいったい汝らの倫理的宗教はあるのか』とかれらはわれわれに問う、それが原生林の原始人であっても或いは極東の教養人であっても。キリスト教が愛の宗教として果たしてきたものは、それがキリスト教国民を平和愛好心に教育するに十分なだけ強くなかったことにより、またそれが(第一次)大戦当時なおあのようなはなはだ世俗的にして憎むべき心術と結託した、ということ、しかり今日もなおまだそれらから絶縁していないということによって、払拭されたものと考えられる。身の毛のよだつ仕方でそれはイエスの精神に不忠実となった。われわれが海外で福音を宣べ伝えるばあい、この悲しむべき事実については何も否認しないよう又何も体裁を飾らないようにしよう。われわれはあまりにたやすくイエスの精神をもっていると思い込んでいたために、それを深く堕落したのである。いまやイエスの精神そのものをもとめるより真剣な闘いがはじまるべきである。
 今日海外で福音を宣べ伝えていて、われわれは、ひとたび(第一次世界大戦の)敗戦を経験したがようやくもういちど強くならなければならない一つの軍隊の前哨なのである。しかしわれわれは勇敢な前哨でありたい。人間のいかなる誤りもまたいかなる不忠実も、イエスの福音からそれがそのなかに担っているいる真理を取り去ることはできない。そしてただ真の「世界とは異なる存在」においてあるわれわれ自身に、生き生きとした倫理的の神によって捉えられた状態の幾分かが啓示されるとき、そのときイエスの真理はわれわれから発するのである。
アルベルト・シュヴァイツェル「キリスト教と世界宗教」

2017年2月6日月曜日

強力な軍事的支配の社会組織は他の総ての有能支配を塞ぐ

 ナポレオンは、社会の秩序の救う「名刀」の役割をになってあらわれ、それによって彼以外のすべての将軍たちをこの役割からとおざけたが、その将軍たちのあるものは、ナポレオンとおなじか、あるいはほとんどおなじようにその役割を果たしていたかもしれないのだ。ひとたび、強力な軍事的支配者をもとめる社会の欲求がみたされると、社会組織は、その他のすべての有能な軍人が支配者にのぼるみちをふさいでしまった。社会組織の力は、同類の他の有能な人間がでてくるのには都合のわるい力となった。このおかげで、われわれがさきにのべたような錯覚が生れるのには都合ののわるい力となった。このおかげで、われわれがさきにのべたような錯覚が生れるのである。
 ナポレオンの個人的な力は、きわめて大げさなかたちでわれわれのまえにあらわれる。というのは、彼の個人的な力をまえにおしだし、それを支えていたあらゆる社会勢力を、われわれは彼の個人的な力のせいにしてしまうからである。ナポレオンの個人的な力は、われわれになにかきわめて特別なもののようにおもわれる。というのは、それに似たさまざまの力は可能性から現実性に変らなかったからである。そこで、もしもナポレオンがいなっかたらどうだっただろうか、ときかれると、われわれの想像はこんがらがって、彼の力や影響のもととなっていた社会運動はすべて、彼がいなかったらまったくおこらなかっただろう、とおもわれるのである。
 それにくらべれば、人類の知的発展の歴史のなかで、ある個人の成功が他のものの成功を妨げることはまずめったにない。だが、このばあいでも、われわれはまえにいった錯覚からまぬがれない。社会のある一定の状態が、その社会の精神的な面の代表者に一定の問題を提起すると、その問題がうまく解決されるまで、すぐれた知能の持主の注意はそれにひきつけられる。だが、いったんそれがうまく解決されると、彼らの注意はべつの対象にむけられる。

ゲオルギー・ヴァレンチヴィチ・プレハーノフ

「歴史における個人の役割」

2017年2月4日土曜日

多数決原理は平等ではなく自由の理念から導き出される

 自由の理念から、多数決原理が導き出されるべきものであってー一般に考へられるのを常とするようにー平等の理念からではない。しかしこの平等である、ということは、単なる想像であって、人間の意思や、人間の人格を、有効に測量し、計算するということが出来ることを意味しない。多数の票が少数の票より、大なる全重量を持っている、という理由を以て、多数決原理を是認することは、不可能であろう。
 ある者が他の者に少しも値しないという、純粋に否定的な推定からは、多数の意思が妥当せねばならぬということを、未だ積極的に推論することが出来るものではない。若し多数決原理を、平等の理念だけから導き出そうと試みるならば、それは独裁主義の立場から非難するように、事実あの純機械的な、しかのみならず無意味な性質を持つことになる。
 多数者が少数者より強い、ということは、辛うじて構成せられた経験上の表現にすぎないであろう。そして「力は正義に勝る」という格言は、それ自らを法文に高める限りにおいてのみ、克服せられるであろう。ただーたとひ凡てではなくともー出来るだけ多数の人間が自由である、即ち出来るだけ少数の人間が、彼等の意思と共に、社会秩序の普遍的意思と矛盾に陥らねばならなぬ、という考えだけが、多数決原理への、合理的途上に導くものである。
 その際、平等が、当然にデモクラシーの基本仮定として、前提せられるということは、この者が少しもかの者に値しないから、直ちにこの者又はかの者が、自由でなければならなぬ、というのではなく、出来るだけ多数の者が、自由でなければならぬ、という点に表明される。そこで、国家意思の変更を来すために、より少ない個人意思と合致することが、必要となればなるほど、個人意思と国家意思との一致符号は、ますます容易になる。絶対的多数は、ここに事実上、最高の限界を呈示する。国家意思が、その成立の瞬間において、より多くの個人意思と一致するよりは矛盾する、という可能性は、より少なくなるであろうし、少数が国家意思をーその変更を妨げることによってー多数と反対して決定することが出来る、という可能性は、ますます多くなるであろう。
ハンス・ケルゼン「デモクラシーの本質と価値」


2017年2月2日木曜日

戦争は世界無上の禍なれども、西洋諸国、常に戦争を事とせり

   西洋諸国を文明というといえども、正しく今の世界にありてこの名を下だすべきのみ。細かににこれを論ずれば足らざるもの甚だ多し。戦争は世界無上の禍なれども、西洋諸国、常に戦争を事とせり。盗賊殺人は人間の一大悪事なれども、西洋諸国にて物を盗むあり人を殺す者あり。国内に党与を結て権を争う者あり、権を失うて不平を唱る者あり。いわんやその外国交際の法の如きは、権謀術数至らざる所なしというも可なり。ただ一般にこれを見渡して善盛に趣くの勢いあるのみにて、決して今の有様を見て直ちにこれを至善というべからず。今後数千百年にして、世界人民の智徳大いに進み、太平安楽の極度に至ることあれば、今の西洋諸国の有様を見て、愍然たる野蛮の歎を為すこともあるべし。これに由りてこれを観れば、文明は限なきものにて、今の西洋諸国を以て満足すべきにあらざるなり。
 西洋諸国の文明は以って満足するに足らず。然らば則ちこれを捨てて採らざるか。これを採らざるときは何れの地位に居て安んずるか。半開も安んずべき地位にあらず、いわんや野蛮の地位に於いてや。この二つの地位を棄れば、別にまた帰する所を求めざるべからず。今より数千百年の後を期して彼の太平安楽の極度を待たんとするも、ただこれ人の想像のみ。かつ文明は死物にあらず、動て進むものなり。動て進むものは必ず順序階級を経ざるべからず。則ち野蛮は半開に進み、半開は文明に進み、その文明も今正に進歩の時なり。
福沢 諭吉「文明論之概略」

2017年1月31日火曜日

特殊な信仰と他の信仰の利害で死活する

 信じた方がわれわれにてとってよりよいものは、その信仰がたまたまわれわれの死活を決するような他の利害と衝突するような場合を除いては、真であるといった。ところで現実の生活において、われわれのもっている何か特殊な信仰がもっとも衝突しやすいわれわれの死活を決するような利害とは何であろうか。ほかでもない、それははじめに抱いていた信仰と両立しないとわかる他の信仰によって与えられる利益なのである。
 いいかえると、われわれの真理のどれでも最大の敵は、われわれが現にもっている真理以外の真理であろう。真理というものはもとより自己保存および自己に矛盾するものは何もかにも絶滅しようとする欲望、このすさまじい本能をもったものである。私にもらしてくれる善のゆえに、わたしの抱く絶対者にたいする信仰は、それ以外のすべての私の信仰から猛攻撃をうけねばならない。いまかりに絶対者への信仰は私に精神の休暇を与えてくれるから真であるとしてみよう。それにもかかわらず、私の考えるところではーいま私がいわば本心をさらけ出して、ただ私一個人の資格でいうのであるがー絶対者への信仰は、絶対者のためだからといって見すてるのにしのびないさまざまな利益をもった私の真理と衝突する。
 それはもしかすると私の大嫌いな一種の論理を連想させるかもしれない、するとそれが肯いがたい形而上学上のいろいろな逆理に私をまき込もうとするのに気づく、等々。ところが私はこのような知的な矛盾を背負いこむまでもなく既に人生の苦労を十分をもっているのであるから、私ならそんな絶対者などはあっさり放棄してしまう。私はただ精神の休暇だけをすなをに採用するか、でなければ、専門哲学者らしく、何か別の原理でそれを正当化しようと試みる。
ウィリアム・ジェイムズ「プラグマティズム」

2017年1月29日日曜日

生を無に対立させる東洋的想像力

 無と闇とのある類似性が認められている。目が闇を見ることができないのと同様に、知性は無を思考することができない。まさにこの紛れも無い類似こそ、我々をそれらの共通な起源に導く。
 無は存在の対立物として、東洋的想像力の産物である。この東洋的想像力は、実在しないものを実在と考え、死を独立した絶滅原理として生に対立させ、光に夜を、あたかも夜がたんに光のたんなる不在にすぎないのではなく、独立した積極的なものであるかのように対立させる。
 したがって光に対立されたものとして夜が実在性をもつ程度に、あるいは持たない程度に、あるいはそれ以下に、実在一般の対立物としての無は、根拠および理性的実在性をもち、あるいはもたない。
 しかしながら、夜が実体化されるのは、ただ次のような場合にかぎられる。すなわち、人間がまだ主観的なものと客観的なものとを区別しない場合、人間が自分の主観的な印象と感覚を客観的なものとを区別しない場合、人間が自分の主観的な印象と感覚を客観的なものとを区別しない場合、人間が自分の主観的な印象と感覚を客観的な性質とする場合、人間の表象の視野がまだきわめて狭い場合、人間の自分の局所的な立場を世界、宇宙そのものの立場と考える場合、そのために、自分にとって光の消失を現実の消失とみなし、闇を光源そのものである太陽の消失と考える場合、そしてまさにそのために彼が、光に敵対する特殊な存在を仮定しないと、暗くなることを説明することができず、日食の時にはそうした存在を太陽と戦う竜または蛇の姿として見る、そういう場合である。光に敵対する特殊な存在としての闇は、その根拠を知的な闇のうちにのみもっている。つまりされは空想のうちのみ存在する。
ルートヴッヒ・アレンドレアス・フォイエルバッハ「将来の哲学の根本命題」

全く盲目的な好奇心に捉えられている戦争

 事物の真理を探究するには方法が必要である。

 人間とは全く盲目的な好奇心に捉えられているので、しばしば、何の見込みももだず、ただみずから求めるものが見つかるかどうか試して見たいばかりに、知らぬ途によってその精神を導くものである。あたかも、宝を見出そうという愚かな欲望に燃える者が、絶えず街路をうろつき、何か旅人の落とした物でもひょっと見つかるかと探しまわる、と同じである。すべてそういう努力をしている。そして実際、迷い歩くうちに時として幸いにも何らかの真理を発見することのあるのを、私は否定せぬ。けれども、だからといって、かれらが、他人よりも有能だというわけにはゆかぬ。より運がよいといえるだけである。ともかくも、事物の真理を探ねるのに、方法なしでやるくらいなら、それを全く企てない方が遥かにましなのである。というのは、そういう無秩序な研究や不明瞭な省察によって自然的な光明が曇らされ精神が盲にされるにきまっているからである。そして誰でもかようように暗闇の中を歩きなれると、視力を弱らせてしまい、後には明らかな光にに耐えられなくなくなる。このことを経験もまた確証する。なぜなら、少しも学問をしたのことのない者が、ずっと学校にいた人よりも、遥かにしっかりとした判断を、目前の事物について下すこと、きわめて多いからである。ところで私が方法というのは、確実な容易な規則、それを正確に守る人は誰でも、虚偽を真理として認容することは決してなく、精神の努力を無益に費やさず常に次第に知識を増しつつ、その達しうる限りの事物の、真の認識に到達するであろうな、規則である。

ルネ・デカルト「精神指導の規則」

2017年1月26日木曜日

絶対ではなく有限な悟性による戦争の対立

  知識と行為の対立もその他のすべての対立と同じである。すなわちそういう対立は、各項がそれだけで絶対的にとらえられず、したがってただ有限な悟性によってのみとらえられる限りにおいてのみ存在するのである。対立がなされる根拠は、知識と行為とのともに不完全な概念の中にあるだけであって、そういうことは知識が行為に対する手段として理解されることによって起こるともいえる。本当に絶対的行為に対しては知識は決して手段という関係にはありえぬ。なぜなら、そういう行為は絶対的である以上、或る知識によって定められはしないのだから。知識においてもそうであるが、その同じ統一は行為においても形成されてそれ自身に根拠をもつ一つの絶対的な世界となる。ここでは現象する行為や現象する知識が問題なのではない。そういうものは各々他に対する対立においてのみ実在性をもつのだから、他とともに生滅する。
 上で述べたような知識と行為の絶対的統一の意味を理解しないものたちは、それに反対して次のような俗論をもち出すのである。すなわち、知識と行為とが一であるならば、行為は常に知識から続いて起こらなくてはならぬわけだが、人々はしかし正義やそれに類したことをよく知っていても必ずそのゆえにそれをなすとは限らぬ場合が往々ある、というのである。行為が知識から続いて起らぬという点で彼らは全く正しい。彼らが間違っているのは、ただそういう序列を期待する点にある。彼らは絶対的なものの間の関係を何も理解していない、知識と行為という特殊の各々が、それだけで無制約であり得ることを理解しない、そして一方を目的という点のみ着眼し、他方を手段という点にのみ着眼して、相対者としてしまうのである。
フリードリヒ・シェリング「学問論

2017年1月24日火曜日

帝国主義の戦争と投降が人民大衆を圧迫する

 帝国主義が、主要な矛盾と主要でない矛盾との関係が複雑な状況を示している半植民地国に対して侵略戦争をおこなっているときには、このような国の内部の各階級は、一部の売国分子をのぞいて、すべて一時的に団結して民族戦争をおこない、帝国主義に反対することができる。そのときには、帝国主義とその国とのあいだの矛盾が主要な矛盾となり、その国の内部の各階級のあいだのすべての矛盾、封建制度と人民大衆との矛盾という主要な矛盾を含めて、いずれも一時的に、第二義的で従属的な地位にさがる。中国の1894年の中日戦争、日清戦争、朝鮮に対する干渉をきっかけとしておこった。敗北した清朝政府は日本と馬関条約を結んだ。1900年の義和団戦争、および当面の中日戦争、1937年7月7日のいわゆる盧溝橋事件にはじまり、8年間続いた。いずれもこのような状況がみられる。
 しかし、別の状況のもとでは、諸矛盾の地位に変化が生まれる。帝国主義が戦争によって圧迫するのではなく、政治、経済、文化などの比較的温和な形式によって圧迫するばあいには、半植民地国の支配階級は帝国主義に投降し、両者が同盟を結び、共同して人民大衆を圧迫する。こうした場合には、人民大衆は、しばしば国内戦争の形式をとって、帝国主義と封建階級の同盟とたたかい、そして帝国主義は、しばしば間接的な方式をもって半植民地の反動派が人民を抑圧するのを援助し、直接的な行動をとらない。このような場合には、内部矛盾の特別な鋭さがあらわれてくる。中国の辛亥革命戦争、1924年から1927年までの革命戦争、1927年以後の十年間の土地革命戦争には、いずれもこのような状況がみられる。さらに、半植民地国における各反動集団の間の内戦、たとえば、中国の軍閥戦争も、この部類に属する。

毛沢東「実践論・矛盾論」

2017年1月21日土曜日

武家の御進退は十分ならん事難し

  先ず、国王・大臣より始め奉りて、公家の御たたずまひ、武家の御進退は及ぶべ所にあらざれば、十分ならん事難し。さりながら、よくよく、言葉を尋ね、科を求めて、見所の御意見を待つべきか。そのほか、上職の品々、花鳥風月の事態、いかにもいかにも、細かに似すべし。田夫・野人の事に至りては、さのみに細かに、賤しげなる態をば似すべからず。假令、木樵・草刈・炭焼・監汲などの、風情にもなりつべき能をば、細かに似すべきか。それよりなほ精しからん下職ほば、さのみには似すまじきなり。これ上方の御目に見ゆべからず。もし見えば、余りに賤しくて、面白き所有るべからず。このあてがひを、よくよく心得べし。

 強気・幽玄・弱き・荒きを知る事、大方は見えたる事なれば、たやすきやうなれども、真実これを知らぬによりて、弱く、荒き為手多し。先づ、一切の物まねに、偽る所にて、荒くも弱くもなると知るべし。よくよく、心底を分けて案じ納むべき事なり。
 先づ、弱かるべき事を強くするは、偽りなれば、これ荒きなり。強かべき事に強きは、これ、強きなり。荒きにはあらず。もし。強かるべき事を、幽玄にせんとて、物まねに任せて、その物に成り入りて、偽りなくば、荒くも弱くもあるまじきなり。また、強かるべき理過ぎて強きは、殊さら荒きなり。幽玄の風体よりなほ優しくせんとせば、これ、殊さら弱きなり。この分け目をよくよく見るに、幽玄と強きと別にあるものと心得る故に、迷うなり。

世阿弥「風姿花伝」

2017年1月18日水曜日

君主の野心や貪欲が市民に戦争を招きよせる

   専制君主は彼の臣民に社会の安寧を確保する、というひともあろう。いかにも。しかし、彼の野心が臣民たちに招きよせる戦争や、彼のあくことなき貪欲や、彼の大臣どもの無理難題が、臣民たちの不和がつくり出す以上の苦しみを与えるとしたならば、臣民たちは何のうろところがあろう? もし、この安寧そのものが臣民たちの悲惨の一つであるならば、彼らは何のうるところがあるだろう? ひとは牢獄のなかでも安らかに暮らせる。だからといって、牢獄が快適だといえるか? キクロポスのほら穴に閉じ込められたギリシア人たちは、食い殺される順番がくるまでは、そこで安らかにに暮らしたのである。
 一人の人間が、ただで自分の身をあたえるなどというのは、ばかばかしくて想像もつかぬことである。こうした行為は、それをやる人が思慮分別を失っているという、ただそのことだけで、不法な行為なのだ。それとおなじことを人民全体についていうのは、人民を気ちがいとみなすことである。ところで、狂気からは何の権利も生まれない。
  自分の自由の放棄、それは人間たる資格、人類の権利ならびに義務さえ放棄することである。何びとにせよ、すべてを放棄する人には、どんなつぐないも与えられない。こうした放棄は、人間の本性と相いれない。そして、意思から自由を全くうばい去ることは、おこないから道徳性を全くうばい去ることである。要するに、約束するとき、一方に絶対の権威をあたえ、他方に無制限の服従を強いるのは、空虚な矛盾した約束なのだ。もし、ある人にすべてを要求しうるとすれば、その人から何の拘束もうけないことは明らかではなかろうか? そして代償もあたえず、交換もしない、というこの条件だけで、その約束行為は無効だということにはなりはしないか? なぜなら、わたしのドレイはわたしにたいして、いかなる権利をもつであろうか? というのは、すべて彼のものはわたしのものであり、また、彼の権利はわたしの権利であるからには、この権利はわたしに対するわたしの権利ということになり、それは何の意味もない言葉だから。
ジャン-ジャク・ルソー「社会契約論」

2017年1月15日日曜日

暴君は暴逆で統率し民衆も暴逆を行う

 わが身をよく修める根本がでたらめで、末端の国や天下がよく治まっているのは、めったにない。力を入れることを手薄にしながら、手薄でもよいところがりっぱにできているという例は、まずないものだ。つまらない凡人は、一人で人目につかぬ所にいると、悪事をはたらいてどんなことでもやってのける。自分の悪事を隠して善いところを見せようとする。
 暴君は、自分で暴逆を行って天下を統率したから、民衆もそれに従って暴逆を行った。君主の命令が君主のほんとうの好みとはうらはらだというときは、そんな命令に民衆はしたがわない。一方的に相手を責めるだけでいて、他人をうまく納得させたという人は、あったためしがない。
 根本のことをなおざりにして末端に力を入れたりすると、民衆を利のために争わせて、奪い合いを教えることになる。財物に努めてお上の倉に集めると、民衆の方は貧困になって君主を離れて散り散りになる。道にそむいて手に入れた財貨は、道にそむいて出てゆくものだ。
 実利と名声を求め、小手先の技術を説くなど、世を惑わし民くさをたぶらかして仁義の教えをふさぎ止め、雑然といり乱れることになった。小人としての庶民は不幸なことに最高の統治の恩恵を受けることができないようになった。世の中は真っ暗になってふさがり、上下はひっくりかえって死病にとりつかれ、五代の衰世ともなると、世の乱はついに頂点に達した。

曾子・子思「大学・中庸」


2017年1月12日木曜日

逃亡の斬首と切捨御免から一人一両相場

 上野の戦争が敗れ、彰義隊討死となって吾々は敗亡すると、いやもう広い江戸が三日間というもの火うち箱のように狭くなってしまった。最初は昔の南北朝を極めるつもりだったが、官軍すばやくも「上野山門に屯集せる賊徒ども」と目指してしまった。自分は尽忠隊の一人で、上野下寺の宿坊顕正院詰だ。すわ戦争が始まったというので斬出したがたちまち敗北。
 黒門が破れ、火除地が敗れたので、彰義隊は討死。さあ志ある者は切腹、再挙を計る者は逃亡、自分はどっちにしようと思って、今の鶯坂辺へ往くと、竜虎隊百名許が進軍だ。御家人連で勇壮凛冽、自分達を見て「ご苦労っ」うわっとときの声を作り進むから、自分達もまた引帰す。この途端自分の組の者で、ぷつり草鞋の紐が引切れたので、後戻りしながら、後ろを向いて紐を結ぶと、ころりと首が落とされてしまった。これは敵に背中を見せたからとの事であった。夜に入って全軍敗北だ。
 すると官軍は「三日間切捨御免」という評判もはや隠れもない。こいつはたまらぬと、三河島村へ行く、同所は白河宮御領地で、さすがに一夜囲まってくれた家もある。まぐ小屋の臭い裡にかくれ、握飯を貰って食った時の旨さといったら、今に忘れやしない。
 天王寺を出て、駒込片町の親類へ辿ると、真平と断られ、「今朝も根津総門で脱走が二人斬られた。早く奥州へでも逃げたがよい」という。情けない訳で同所を去る。居酒屋へ入りかけると、官軍の人夫どもの話「俺あ今日は二つでやっと二両にありつけた」というのが正しく脱走兵を捉らえ、一人一両の相場らしい。脚が進むもんじゃない。この羽目になってごろうじろ・・・。

篠田 鉱造「増補 幕末百話」

2017年1月10日火曜日

独裁とは権力と利益を熱望する支配欲

   独裁とは権力と利益とを熱望する支配欲であると考えられるので、独裁者とはつぎのようなものである。庶民が、だれだれを挙げて執政官の補佐として祭礼の行列を司らしめたものかと協議をしている。その場にでて、その人たちは当然全権をにぎるべきものであると主張する。他のものらが人数は十名ではどうかと申出ると、それに答えて、言う「一名で十分である、ただしその者が真人間でなくてはならぬ」。

 ホメロスの詩句のなかでただこの一言だけを覚えている「多数統治は好ましからず、治者は一人たるべし」。その他は皆ご存じない。また得意顔につぎのように口説をもてあそぶ「われわれは結束して自ら之等の事件を審議しなければならない。愚民や市場を遠ざけよ。当路の者につきまとったり、かれらより侮辱や恩顧をうけたりすることを慎めよ」。端然と上衣をまとひ、程よく髪を刈らせ、念入りに爪をつませ、日の頂きをみはからって家をでて次のやうな御託をならべながら、そこらをのしまわる。

 「公務に向うて口嘴をはさむのが一体なんのつもりか合点がいかぬ」「あさましいものは民衆である、いつも施す人と与える人との奴隷となっているんだ」大会のときみすぼらしい不潔な者にそばにすわられると気がひけるものだ。

 またいう「いつになったら、わしらは公役や兵船用意で破産の憂目をのがれることか」「憎むべきは民塊の一味である。まず最初に民衆の手にかかって殺されたのは、全部の大衆を統御し在来の王権を覆滅したその人であった。」そのほかこのようなことを他国の人々へも、また市民のうちで同気同好の者どもへもいう。

テオフラストス「人さまざま」


2017年1月9日月曜日

植え付けられた思想感情が内外なる圧迫

 我々が未だ意識的にならなかった時、教育という美名の下に有意的に、また無意識的に伝来の思想感情はそのまま、無垢な心に、何等の疑問も選択も、批評も研究もなく無造作に植え付けられた、そこに根を下ろした。社会の風習、常識、世論などと称する肥料は日夜に供給せされ、かくしていつか根ざし深き頑強な幹ある大樹となった。我々は初めその大樹を真の我だと少しも疑わなかった。その時我々は内外に何の的も、圧迫ももたなかった。
 しかし、真の我はそういつまでも大樹の下に、僭王の脚下に安眠を貪ってはいなかった。かくの如くして我々の内に、真の我が、新しき生命が醒めたのは実は昨日今日のことではなかった。真王は早く僭王の前に反旗を翻した。内なる新しき者は内なる旧き者に早くも反抗を試みていたのだった。けれど新しきものの芽ぐまんとするとき旧きものは何らかの威厳あるものの如き声音もて「待てよ、待てよ」と常に叫んだ。たまたま固き地盤を破って萌え出た若芽も老木の影にその発育ははかばかしいものではなかった。
 ここにおいてか、我々は新しき者よと唱えるその同じ心において、「教えられし言葉そのままくりかえす鸚鵡となりて世にいきむやは」実にこれは悪戦であった。しかもかなり久しい悪戦であった。そして今や我々は内なる敵の征服者、勝利者として現れ出た。
 私は今、内なる敵に打ち勝ったといった。内なる圧迫と久しく戦った我々は今や新しき者として更に外なる圧迫を迎えねばならぬ運命に遭遇した。外なる圧迫の到来は内なる圧迫における我々の勝利の証明である。とはいえ内なる圧迫の絶滅は容易なわざではない。被征服者は常に征服者の弱点を狙っている。そして間隙さえ見い出せばいつでもまた頭をもたげようと待ちかまえている。

平塚明「平塚らいてう評論集」『青鞜』3巻6号、1913年6月


2017年1月7日土曜日

価値判断を排除する集団的感情と宗教的行動

 第一に、犯罪学者は、いわゆる「群衆犯罪」の本質について、劇場の観客心理の社会学的研究から多くのものを学ぶことができるであろう。なぜなら。劇場では、集団的衝動的行動の対象がつね明確に決まっていた、この行動が、芸術といういわば抽象的な、明確に限定された領域で起こるからである。そのためー責任の問題にとっていわば抽象的な、明確に限定された領域で起こるからである。そのためー責任の問題にとって非常に重要なことであるがー個人が居合わせた多数者によって如何に規定されるか、個人の価値判断や客観的な価値判断が「集団的感動」によって如何に排除されるか、それが他に見られぬほど純粋実験的に、また有無を言わせぬように観察され得るからである。
 第二に、宗教学者は、往々、教団の生活、その内部における犠牲的態度を教団の全員に共通な理想への献身ということで説明し、現世の生活の規律を生身の人間の生活を超えた完全な状態への期待ということで説明しようとする。ーつまり、それを宗教的信仰内容の力によるものと見ようとする。しかし、共同の行動や相互間の行動で、これと同じ特徴を示しているということを宗教学者が知ったらーこうした類似は、二つのことを教えるだろう。
 その一つは、宗教的行動というのは、宗教的内容とだけ結びついているものではなく、一般的な人間的な形式であって、この形式は超越的な対象において実現されるのみではなく、他の多くの感情に刺激された場合にも全く同様に実現されるものであるということ。もう一つ、宗教学者は、更に重要なこと、即ち、他から独立した宗教生活の中にも、特に宗教的でなく、むしろ社会的な諸要素が含まれているということ、つまり、ある種の相互的な態度や行為が含まれているということである。こういう態度や行為が宗教的感情と融合して発達して来たことは確かである。

ゲオルク・ジンメル「社会学の根本問題ー個人と社会ー」

2017年1月5日木曜日

戦争の一原因は社会制度と個人の心理にある

 こうしたさまざまな不幸の原因は、一部は社会制度の中に、一部は個人の心理の中にあるーもちろん、個人の心理は、それ自体、多分に社会制度の所産であ。私は、以前、幸福を増進するために必要な、社会制度の改革について書いたことがある。戦争、経済的な搾取、残酷さや恐怖をたたき込む教育、これらの廃止について本書で語るつもりは、私にはない。戦争を回避する方法を発見することは、私たちの分明にとって絶対的には必要である。しかし、人々が不幸なあまりに、一日一日を耐えて生きつづけていくよりも互いに殺戮しあうほうが恐ろしくないと思われるようである間は、そういう方法が見つかる見込みはない。
 機械生産の恩恵に、それを最も必要とする人びとが少しでもあずかれるようにするためには、貧困の恒常化を避けなければならない。しかし、金持ち自身が不幸であるとしたら、万人を金持ちにしたって、なんの足しになるだろうか。残酷さや恐怖をたたみ込む教育はよくないが、自らこういう情念のとりこになっている人たちからは、それ以外の教育を期待することはできない。このように考えてくると、いきおい、個人の問題に突き当たる。つまり古きよき日をなつかしむだけの今日の社会の只中にあって、男性や女性は、いつまでここで幸福を勝つ取るために何ができるか、ということだ。
 こうした不幸は、大部分、まちがった世界観、まちがった道徳、まちがった生活習慣によるもので、ために、人間であれ動物であれ、結局はその幸福のすべてがかかっている。実現可能な事柄に対するあの自然な熱意と欲望が打ち砕かれてしまうのである。こういうことは個人の力でなんとかなる事柄である。そこで、私は、人並みの幸運さえあれば、個人の幸福がかつ得られるような改革を示唆したいと思うのである。

バートランド・ラッセル「ラッセルの幸福論」

2017年1月3日火曜日

乏しい教育と識見が他力に任せる

  職人らの多くは辛抱強く年期奉公を経て、腕を磨いてきた工人たちであります。その腕前には並ならぬ修行が控えています。どんなに平凡に見えても、誰にでもすぐ出来る技ではありません。それに仕事を疎かにしないのは、職人の気質でさえありました。
 それ故に職人らにも仕事への誇りがあるのであります。ですが自分の名を誇ろうとするのではなく、正しい品物を作ることに、もっと誇りがあるのであります。いわば品物が主で自分は従なのであります。それ故一々名を残そうとは企てません。こういう気持ちこそは、もっと尊んでよいことではないでしょうか。実に多くの職人たちは、其の名を留めずににこの世を去ってゆきます。しかし職人らが親切に拵えた品物の中に、職人らがこの世に活きていた意味を宿ります。職人らは品物で勝負をしているのであります。物で残ろうとするので、名を残ろうとするのではありません。
 職人らの多くは教育も乏しく、識見も有たない人たちでありましょう。しかし正直な人であり信仰の人であることは出来たのであります。自分独りでし力が乏しかったとしても、祖先の経験や智慧に助けられて、力のある仕事が為し得たのであります。伝統への従順さは職人らの仕事を確実なものにしました。職人らがもし自分の力のみに頼って歩いたなら、きっと踏みはずしたり、つまずいたりしたでありましょう。ですが他力に任せた時、丁度帆一ぱいに風をはらんで滑らかに走る船のように安全に港に入ることが出来たのであります。

柳 宗悦「手仕事の日本」

2017年1月1日日曜日

婦人は集団的利害で子を戦争の祭壇の犠牲に

 満州で放たれた一発の銃声は、国内の騒音をはたと沈黙させた。とりわけ軍費縮小、軍制改革、二重外交、軍事費の整理縮小等、近来軍部に集中しがちであった批評の声は、たちまちにして暴戻なる支那膺懲、満蒙の権益擁護という、軍部のあげる血なまぐさい突貫の叫びの中に埋もれてしまった。赤字問題も、失業問題も、すべて昨日まで新聞を埋めた記事は、日章旗と銃剣の写真のかげに蔽われた。甲の新聞も、乙の新聞も、日頃の競争と敵意を忘れたかのように同じ報道、同じ主張をかかげている。機関銃の響きは、南満州のみならず、内地の言論機関をもその統制下においたかのごとく見える。そして十五億の投資、百万の在留邦人、三百余りの懸案等の問題を、文字に代って、人々の頭に叩き込む力強いハンマーの役割を演じている。
 戦争防止の力を婦人の平和的本能に求めようとすねお上品な運動もひっきょう平和時代の遊戯にすぎない。婦人は平和を愛し戦争を憎むにしても、その社会的、集団的訓練は、自己の属する社会の共同利害のため、すなわち正義と信ずることのために、自己の私的利害、私的感情を犠牲にするだけに、根強く培われてきている。いつの世、どんな社会にも、戦時における婦人の犠牲的、殉職的態度に見られぬということはない。彼女たちは、正義のために、共同利害のためは、子に傾け尽くすと同じ熱情と感激をもって、その子を戦争の祭壇に捧げて悔いないのである。単純な、本能的な母性愛や平和な家庭生活への執着は、より大きな、集団の共同利害の前には、いつでも犠牲にされるだけの用意がある。

山川菊栄「山川菊栄評論集」